女の子だけど一緒に遊んでくれよな(皐月物語 34)
藤城皐月の住む小百合寮は旅館だった建物だ。皐月は二階の窓の欄干越しに顔を出し、遊びに来た友だちを窓の下に見た。
同じクラスのイケメン野郎・月花博紀とその弟の直紀、同じ班の喫茶パピヨンの息子の今泉俊介の三人がいた。
「あれ? 珍しいな。博紀もいるじゃん」
「今日はサッカー休みなんだよ。久しぶりに家ん中で遊びたくなってさ。お前、どうせ暇だろ」
博紀は学校では穏やかで、絶対にこんな口のきき方はしない。皐月には博紀の魂胆が透けて見えた。
「今ちょうど友だちが来てるんだわ」
「一緒に遊べばいいじゃん。大勢の方が楽しいしさ~。暑いから皐月君の部屋で遊ぼうよ」
そう言う直紀のテンションがなぜか高い。俊介もいつもよりもワクワクした顔をしている。直紀も俊介も皐月の同居人の女子高校生、及川祐希のことを見たがっているに違いない。
「俺は一緒に遊んでもいいんだけどさ、ちょっと友だちに聞いてみるわ。待ってて」
皐月は窓から顔を引っ込め、振り返って手招きをした。入屋千智は遠慮がちに祐希の部屋を抜けて皐月のところまでやって来た。
「直紀たちが遊びに来たんだけど、どうしようか。直紀だもんな……今日は断ろうか?」
「そんな……いいよ、断らなくたって。せっかく遊びに来てくれたんだし」
「千智、家に帰っちゃうつもり?」
「えっ? 私って帰った方がいいの? 先輩さえよければ私も一緒にいたいんだけど」
「直紀だけど大丈夫? 博紀までいるけど」
「もう大丈夫。気持ちの切り替えは終わってるから」
「そっか。ならいいけど。じゃあ千智も顔出そうよ。あいつらの驚く顔が見たい」
恋人を自慢するみたいで気持ちが浮き立つ。恥ずかしそうにしながら千智は皐月の斜め後ろまで来た。
「友だち、オッケーだって!」
千智が皐月の横に来て顔を出した。キャップをかぶっていない千智を見て、直紀と俊介から歓声が上がった。博紀は阿呆みたいな顔をしていた。
「入屋じゃん! マジか!」
「どうも……」
「女の子だけど一緒に遊んでくれよな。すぐに下りるわ」
皐月は外から見えることを意識して、わざと千智の手を引いて祐希の部屋を通らずに廻廊を回った。皐月が手を取ったことを千智は嫌がらなかった。
祐希の部屋の隣は頼子の部屋で、風を通すため襖が開け放たれていた。頼子の部屋にもベッドがなく、小さなテレビの横に古いミニコンポがある。皐月はミニコンポの実物をまだ触ったことがない。
急勾配の階段を下りると、台所で母の小百合と住み込みの頼子がおしゃべりをしていた。
「友だちが遊びに来たみたいね」
「俊介たちが来た。俺の部屋、狭くなっちゃったから居間で遊んでもいい?」
「もちろんいいけど、私たちがうろちょろしても気にしないでね」
「こっちこそ騒がしくしちゃうかもしれないし」
「これからはあなたの部屋が手狭なら居間を自由に使っていいから」
「ありがとう。そうさせてもらう」
階段を下りたところで千智が頼子に話しかけられていたので、皐月は一人で玄関まで博紀たちを迎えに行った。年季の入った黒光りする玄関簀子の端まで行き、横着をしながら引き戸を開けた。
「入れよ」
「おじゃましま~す」
しょっちゅう遊びに来ている俊介と直紀が遠慮なく入ってきて、後から博紀がのっそりとやって来た。俊介と直紀は先に上がり込んで千智に話しかけようとしたみたいだが、千智が頼子と話し込んでいるので千智の話が終わるのを待っているようだ。博紀が皐月に顔を寄せてきた。
「祐希さん、帰ってる?」
「いや、まだだけど。お前、やっぱり祐希に会いに来たんだ」
「違うわ。3人揃ったからお前ん家で麻雀でもやろうって話になったんだよ。外暑いじゃん」
「まあ外は暑いな。で?」
「直紀に祐希さんの写真見せたら会ってみたいんだってさ。だから連れて来てやったんだよ」
直紀に祐希の写真を見せびらかしている博紀を想像すると、健気でからかう気も起らなくなった。
「祐希ならそのうち帰ってくるんじゃね。なんなら連絡しようか? 博紀が会いに来てるから早く帰って来いって」
「やめろよ、お前。殺すぞ」
「冗談だ、バカ。それよりあの人、祐希のママン。お前の写真見せたらイケメンって喜んでたぞ。せっかくだから紹介させろよ」
「なんだよ、せっかくって。まあいいけど」
博紀を連れて家の中に上げ、千智と話しているところに割って入って頼子に博紀を紹介した。
「頼子さん、こいつが写真の博紀」
「初めまして。月花博紀です」
「こんにちは。あなたが博紀君ね。写真よりかっこいいわね」
「ありがとうございます」
「今日はゆっくりしてってね」
さすがに博紀は褒められ慣れをしている。模範解答だ。
「ところで頼子さん、俺たち麻雀したいんだけど、頼子さんの部屋にある炬燵、借りてもいい?」
「もちろんいいけど、下に降ろすの大変ね。どうしましょう……」
「バラして持ってくるから大丈夫だよ」
「それでも重いでしょ。それにあの階段、急だし危ないわ」
確かにあの階段を荷物担いで下りるのは面倒だ。それにまた上げなきゃならない。5人になったから別に麻雀で遊ばなくたっていいかな、と皐月は思い始めた。
「私、麻雀できるよ」
千智から意外な言葉が飛んできた。
「麻雀はゲームでしかやったことがないけど、役はだいたい覚えてるよ」
「千智も一緒に麻雀やりたい?」
「うん。一度本物の麻雀牌を触ってみたいって思ってたの」
「じゃあやるか。千智も炬燵を降ろすの手伝ってくれ」
「うんっ」
直紀と俊介が皐月たちのところに寄ってきた。二人とも千智と話がしたくて仕方がないといった感じだ。
「入屋って麻雀できるんだ。意外だな」
「月花君たちも2階から炬燵降ろすの手伝ってよ」
「そういうことは男子の俺たちに任せてよ」
俊介が千智と言葉を交わしたのはこれが初めてだ。顔を紅潮させて、急に張り切りだした。アイドルに会いに来たオタクみたいだ。
「ちょっとちょっと、みんなでそんなことしなくても、私の部屋で遊べばいいじゃない。ねえ、そうしなさいよ。引越し屋さんでも2階に荷物を上げるのに苦労してたんだから、あなたたちだけで炬燵を上げ下げするのはちょっと無理よ」
頼子の話声を聞いていたのか、小百合も話に加わった。
「ちょっと頼子、いいの? あなたの部屋を使っちゃっても」
「いいのよ。私は2階の部屋だけでなく台所まで自由に使わせてもらっているんだから。皐月ちゃんの部屋を取っちゃって申し訳ないな、って思ってたのよ」
「頼子がそれでいいならいいんだけど……皐月、部屋の中の物を勝手に触っちゃダメよ」
「うん、わかってる。絶対にそんなことしないよ」
「じゃあ頼子、本当にいいのね」
「いいのいいの。じゃあ後で飲み物持っていくからね」
「ありがとう、頼子さん」
皐月が頼子にお礼を言うと、千智も博紀たちも続けてお礼を言った。皐月を先頭に、千智を最後尾にしてみんなで階段を上り、2階の頼子の部屋へ移動した。皐月はさっき見た頼子の部屋にあるミニコンポが気になって仕方がなかったので、後で頼子に触っていいか聞いてみようと考えていた。