自粛要請を無視してドライブをする日々

 緊急事態宣言が発令され、自粛要請などという蟄居閉門を課された私たちは家で燻る時間が長くなった。
 外はすっかり暖かくなってきた。むしろ暑いし蒸す。本当にこの世界に新型コロナウイルスがいるのかと疑問に思えてくるくらいだ。だって風邪の一種だし。

 我が娘は花の女子高生。華やかな学校生活を送れるはずが宿題攻めという自宅学習三昧の日々を送っている(はずだ)。引き籠り体質の彼女もさすがに外に出たがるようになった。で、毎日のようにドライブに連れて行けとせがまれる。ドライブだったら人と濃厚接触することがないと、若い彼女なりに感染拡大を気を使っている。
 そんな彼女の懸念をよそに母親はクラスターになる可能性の高いスーパーで働いているし、私も妻とは別のスーパーで働くようになった。私がスーパーで働こうと思ったのはコロナ禍の影響で恐慌のような辛い時代になることを見越し、職にあぶれない生活必需品を扱う職場に潜り込みたいと思ったからだ。コロナの感染リスクが高い仕事なのはわかっているけれど、それ以上に収入の途絶えることを心配している。コロナを見切っていると言ってもいい。
 そんな私たち両親が、コロナを気にして自宅に籠っている娘に気分転換にドライブに連れて行けと言われたら断ることなんてできるわけがない。学校にも行けず、友だちと遊ぶのも遠慮している彼女を何とかして楽しませたい。幸い私は早朝に出かけて昼過ぎに帰れるシフトで入っているので、午後から夕食の時間までは時間が空いている。ならば娘を色々なところへ連れて行ってやりたい。

 今月に入ってすでに 5kg も痩せるほどクタクタに疲れている身体に鞭打って毎日ドライブに出かけるようになった。ドライブといっても時間はせいぜい1~2時間くらい。片道1時間以内が活動限界なので、あまり大した所には行けない。
 初めの頃は市内を隈なく回っていた。ちょっとした気分転換のつもりだったので30分くらいの巡回で済ませていた。でもこれじゃ余りにも可哀そうなので、途中コンビニでドリンクを奢ってやるようになった。彼女はいつも無糖のカフェオレを買っていた。コンビニのカフェは豆を挽くとこから作っているのでとても美味しい。
 車内では音楽をかけている。曲はドライバー権限で私の好きなジャンルばかり流している。懐メロは娘には申し訳ないと思っているが、アニソンは趣味が一致。これは彼女の幼少期からの私の教育の賜物だ。彼女の好きな最近のJポップやボカロの曲も混ぜている。
 街中を流しながら目に付いたところについて知っていることや、タクシー時代のエピソードをたくさん話して聞かせてやった。お客さんを降ろしたところは全部覚えているので、ここで降ろしたことがあるよ、乗せたことがあるよ、お客さんはこんな人だったよとか話せることはいくらでもある。
 ペラペラ話し続けていると「よくそんなに話が途切れないで話せるね」と感心されてしまった。「話つまんなくない?」と聞いてみると「楽しいよ」と言ってくれる。気を使っているのはお互い様か。

 市内を回り尽くすと次は近隣の自治体まで足を伸ばすことになった。普段は見ない風景ばかりになったからか、いつもよりも楽しそうにしている。
 娘が小さい頃はあまり外の景色に関心を示さなかった。ちょっと前までもそんな傾向があった。家族旅行で天河や玉置に行った時も何となく反応が薄いような気がした。好奇心が薄い子かなと心配をしていたが、最近の様子を見ているとどうやらそんなことはなさそうだ。人は物を知れば知るほど面白くなるという性質があるので、毎日毎日いろいろな場所を案内しながら走り回っているうちに好奇心が育っているかもしれない。また遠くの神社に連れて行ってと車の中でお願いされたので、昔のドライブ旅行の記憶が呼び起こされることがあったようだ。

 周辺地域も回り尽くすといよいよどこへ連れていけばいいのかわからなくなった。ただ漫然とドライブするだけでは間が持たなくなってきた。
 最近ではテーマを決めてコースを考えている。例えば平安時代に建立された神社に絞って参拝したり、理系に進学する娘に三河の誇る世界的大企業の本社巡りをしたり、真昼間だけど夜の街を巡回したり。あとは山を見たり川を見たり、ちょっと遠いけど海を見に行ったりとだんだん行き先がエスカレートしはじめている。気分転換の軽いドライブのつもりが本格的になりつつある。
 娘が家に帰り、母にこんな所へ連れて行ってもらったよと話すようになると、今度は妻が私も連れて行けと言うようになった。最近では家族全員で一度走ったコースをもう一度回るようにしている。そろそろネタがなくなりそうだ。

 自粛要請という名の自宅謹慎はまだ半月は続く。これから先はどうしようか。今後は同じようなところを走ることが多くなるけどいいかと聞くと、娘と妻はいいという。自分としては何が面白いのかといった思いしかないのは、昔していた仕事の行動範囲内だからだ。
 しかし妻は余韻が残ると言う。夕食を作りながらふと車内から見た風景を思い出し、気持ちが良くなるそうだ。それが数日続くらしい。
 この先、娘にとって毎日お父さんにドライブに連れて行ってもらったことはきっといい思い出になると言う。連れていく方にはよくわからないことだけれど、娘と一緒にドライブについてくるようになった妻が言うのだから間違いないだろう。そう言われて少し救われる気がした。
 ドライブから帰った後、仕事の疲れと相まって泥のように眠る毎日が続いているが、もうちょっと頑張ろうと思った。

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