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自分だけいい子になるつもり?(皐月物語 161)

 この日の小百合寮では藤城皐月ふじしろさつき及川頼子おいかわよりこの二人きりの夕食だった。皐月の母の小百合さゆりはお座敷に出ていて、頼子の娘の祐希ゆうきはまだ高校から帰って来ていない。祐希からは夕食を外で食べてくると連絡が入っていた。
 皐月は頼子の作ったチキンソテーを食べながら、今日の桜淵高校の文化祭の話や、修学旅行の話をした。頼子は祐希の文化祭の話よりも皐月の修学旅行の話を聞きたがった。旅行前に勉強した寺社の由来や歴史ミステリーを交えながら話したのが良かったのか、頼子は食事が終わっても話を聞きたがった。
 母の小百合ならここまで話を聞いてくれなかったかもしれない。皐月は頼子ともっと親睦を深めようと一所懸命に話をした。頼子も自分と同じ、親睦を深めたいという思いで話を聞いているのかもしれない。そう考えると、皐月は頼子が飽きるまで、いつまでも話し続けてもいいと思った。

 8時過ぎに祐希が帰ってきた。皐月は一言「おかえり」と言い、二階の自室に引き揚げた。入浴の準備ができるまでメッセージアプリのチェックをすることにした。
 スマホを見ると、桜淵高校で知り合った三人の高校生、黒田美紅くろだみく青木健人あおきけんと渡辺天音わたなべあまねからメッセージが来ていた。美紅や健人からのメッセージは他愛もないものだったが、天音からのメッセージには無視できない言葉が書かれていた。
 ――皐月君って、稲荷小だよね? 私、元町もとまち住みだけど、皐月君はどこ住み?
 皐月はこのメッセージに困惑した。相手は仮にも自分のことを盗撮した女だ。一緒に写真を撮り、送信してもらうためにアカウントを教え合う仲にはなったが、まだ心を開いたわけではない。
 ――栄町さかえまちだよ。家、近いね。
 皐月はためらいながら個人情報を送った。町名くらいなら問題ないだろうと思った。
 すぐに返信が来るとは思っていなかったので、清水寺で知り合った二人の女性のインスタを見ながら、ポチポチといいねをしていた。すると天音から返信が来た。
 ――明日、会える?
 これには驚いた。いきなり誘われるとは思わなかった。皐月は天音の言動に不自然さを感じたが、これが逆ナンかと思うと好奇心が勝った。祐希のことで気がくさくさしていたので、逆ナンに乗るのもアリだと思った。

 祐希が二階に上がってきた。いつもの祐希なら皐月の部屋を通り抜けて自分の部屋に戻るが、今日は暗くて遠回りになる廊下から自分の部屋へ行ってもらいたかった。皐月は祐希と会いたくなかった。
「ただいま」
 ノックもせずに祐希は皐月の部屋に入ってきた。
「文化祭、お疲れさま」
「お風呂、もう入れるって」
「うん、わかった」
 祐希はベッドで寝ながらスマホを触っている皐月を一瞥しただけで、襖を開けて自分の部屋に入っていった。
 他に何か話すことはないのかと思った。祐希のよそよそしさは高校にいる時と何も変わらなかった。皐月は少しイラッとして、天音と会うことに決めた。
 ――いいよ、会おう。でも午後は予定があるから、朝の1時間くらいなら大丈夫。10時からでもいい?
 明日の日曜日は明日美あすみと会う約束をしている。修学旅行で買ったお土産を渡しに明日美のマンションへ行く予定だ。
 ――それでいいよ。どっか行きたいとこってある?
 自分から誘っておいて何を言ってるんだと思ったが、皐月にはちょうど行ってみたいところがあった。
 ――豊川稲荷の表参道にあるカフェに行ってみたい。小学生だけでは入れないから、連れて行ってほしいな
 ――カフェ楽しみ! 10時にお稲荷さんの門の前で待ち合わせでいい?
 ――いいよ。じゃあ、明日。
 皐月は天音が豊川稲荷のことをお稲荷さんと言ったことに好感を持った。天音は確かに地元民だ。それだけで自然と親近感が湧いてきた。

 藤城皐月ふじしろさつきは湯船の中で渡辺天音わたなべあまねのことを考えていた。
 天音はどういうつもりで自分のことを誘ったのだろうか。高校3年生が小学6年生の自分を恋人にするつもりで声をかけてきたわけではないだろう。
 天音と一緒にいた杉浦佳奈すぎうらかなは、天音が自分のことを気に入っていると言っていた。単純に考えれば、天音はファン心理として自分に会いたいのだろう。
 だが天音はグイグイくるようなタイプには見えなかった。華のある佳奈の陰にいるような消極的な性格に見えた。
 不審な思いは残るが、明日になればすべてわかることだ。皐月は明日美あすみに会うまでの時間つぶしにちょうどいいと思い直した。

 皐月は部屋に戻って、ベッドの横の襖をノックして開けた。
「お風呂終わったから、祐希も入って」
「わかった」
 及川祐希おいかわゆうきは部屋着のトレーナーとジャージに着替えていた。布団もすでに敷き終わっていた。昨夜と同じ光景を見て、皐月は性的な興奮と罪悪感の入り混じった妙な気持ちになった。
 祐希は再び、皐月の部屋を通り抜けようとした。何か話しかけてくるかと思ったが、祐希は何も言わずに部屋から出て行った。

 皐月は昨日までの修学旅行の行程をメモに残しておこうと思い、PCを起動した。マップを見ながら歩いた道や立ち寄った場所を文書に残した。
 その時の情景なども書き加えてエッセイに仕立てようとも考えたが、今はその気になれず、段階的に詳しく書き足していこうと思った。今はとにかく全てを書き上げることを優先した。
 一通り固有名詞だけを書き連ねて眺めていると、ぼんやりとし始めた修学旅行の記憶が鮮明に蘇ってきた。
 京都から奈良という、平安時代から奈良・飛鳥時代へと時間を遡る旅は授業で勉強したのと逆方向の時間の流れだ。はっきりした時代からぼんやりとした時代へと勉強を進めるのは知的探検のようで面白い。
 皐月は自分のメモを見ながら、修学旅行でどこが一番印象的だったのかを考えた。どこも神秘的で良かったが、最後に訪れた法隆寺が断トツだった。
 ただ、この評価は純粋に訪問先の印象だけではなく、そこで出会ったガイドの立花玲央奈たちばなれおなに対する感情が反映されている。
 スマホに送られた玲央奈と前島先生と三人で写っている写真を見ていると、法隆寺の西院伽藍さいいんがらんの光景が脳裏の蘇る。廻廊の日陰のひんやりとした空気の感触をまだ体が覚えている。
 玲央奈と見た五重塔や金堂こんどうは聖徳太子が見たものとは別物だが、あの時自分たちは確かに飛鳥時代と同じ場所にいたという体験ができた。

「きれいな人ね」
 振り向くと、背後に祐希が立っていた。
「ノックぐらいしろよ」
「した。でも皐月、反応しなかったよね? よっぽどこの女の人に夢中になってたんだね」
 ヤキモチなら焼く相手を間違えているんじゃないかと思った。皐月は祐希の恋人の竹下蓮たけしたれんに会ってから、祐希に抱いていた恋心が冷め始めていた。
「この人たちってどういう人?」
 祐希がスマホに顔を近づけてきた。すると自然と皐月とも顔が近くなる。
「左側の人が担任の先生で、右側の人は法隆寺のガイドさん」
「へぇ……。このガイドの人って若いんだね」
「大学生だってさ。大学で歴史の勉強をしていて、時々こうしてガイドのアルバイトをしているんだって」
「で、皐月はその大学生に恋をしたわけだ」
「そういうこと」
「……」
 祐希が無言になった。

 皐月は祐希に構わず、清水寺で会った二人の大学生の写真を見た。祐希の知らない女の写真を見せびらかして、感情を揺さぶるつもりだ。
「この人たちは?」
「清水寺で知り合った大学生。俺たちのグループの写真を撮ってもらって、仲良くなったんだ」
「皐月って修学旅行で何してたの? 大学生が好きなの?」
「何言ってんの? 俺は別にこの二人には恋をしていないよ」
「じゃあ、さっきのガイドには本当に恋をしたんだ」
 同じ答えを言いたくなかったので、皐月は祐希の追及を無視した。
「千智ちゃんとガイドの人なら、どっちが好き?」
「千智」
 皐月はスマホの電源を切り、机の上に置いた。
「つまんないこと聞くね。どうしたの?」
 祐希の方を向いて笑顔になると、祐希も釣られて小さく微笑んだ。
「別にどうもしていないよ」
 祐希が体を押しつけてきた。皐月は女の人の甘い匂いに弱い。特にこの風呂上がりの匂いが一番好きなので、冷めていた祐希への気持ちが戻りそうになった。

 藤城皐月ふじしろさつきの冷えた心は及川祐希おいかわゆうきの風呂上がりの温かい体で平常心に戻り始めた。
「祐希って小学生の時の修学旅行のことって憶えてる?」
「それはもちろん覚えているよ」
「どこをどういう順番でまわって、そこで何があったとかも覚えてる?」
「そんなの覚えているわけないでしょ。なんとなく楽しかったな~くらいしか覚えていないよ」
 6年もたてばそんなものかと思った。皐月が今やっている作業は未来の宝になりそうだ。
「俺、修学旅行のことを忘れたくないからさ、記憶を書き留めておこうと思ってるんだ」
「それって学校の宿題?」
「違うよ。俺が好きでやってるだけ」
「ふうん。皐月ってマメな性格なんだね」
 祐希が肩を抱いてきた。高校の文化祭で会った時とは別人だ。昨日までの祐希とも違い、自分から積極的に体をすり寄せてくる。
 皐月には祐希の心がわからなかった。祐希は今まで以上に媚態を示してくるが、皐月は竹下蓮たけしたれんと会ってしまったので、これまでのような気持ちになれそうもない。風呂上がりできれいな体の祐希なのに、蓮に汚されているというイメージを払拭できない。

「皐月。今日は甘えてこないんだね」
「そういう気分じゃない……」
 祐希のしていることは自分が今まで他の女にしてきたことと同じだ。複数の相手と深い関係になることが正気に戻った時にこんなにも不愉快なものだとは思わなかった。
「いつもはもっとエッチなのに」
 皐月は背後から祐希に優しく抱きしめられた。これは皐月が小さかった頃、芸妓げいこ明日美あすみによくしてもらったことと同じだ。
ロータスや千智のこと、気にならないの?」
 祐希は皐月の髪にキスをした。
「今は皐月と二人だけだから、気にしないようにしている。皐月は自分だけいい子になろうとしているの? そういうの、本当にもう遅いから」
 祐希の「もう遅い」は修学旅行の前日にも言われたことだ。
 高校の文化祭で入屋千智いりやちさとと一緒に過ごしている間、皐月はいい子でいることを演じ続けてきた。だが、いい人を演じること自体が悪い人の証でもある。
 皐月は自分のの姿の全てが悪だと思っているわけではない。ただ、祐希の肝が据わっているのだ。

「でも、祐希は『さすがに千智に悪い』って言ってたじゃん。俺もそう思ったし、ロータスと会って、ロータスにも悪いって思っちゃった」
「だから私たちのことを絶対の秘密にしたんでしょ? 千智ちゃんを傷つけないようにって。皐月……そんなに心を揺らさないでよ」
 祐希の抱きしめる力が強くなった。皐月は祐希も自分のように心を揺らしていることが伝わってきた。誰も傷つけたくないという高慢な心を満たしたいなら、ここで祐希に優しい言葉でもかけてやらなければならない。
「祐希って高校で俺に対してそっけない態度だったよね。それでちょっと傷ついた」
「ごめん……。私もちょっと美紅みくや千智ちゃんと一緒にいたら、自分のしていることが怖くなっちゃって……」
 罪悪感に苛まれているのは自分だけではなかった。皐月は祐希を責め立てるようなことを言い、悪いことをしたと思った。

「祐希は俺が千智と一緒にいることに怒ってるのかと思った」
「そういうわけじゃないよ。だって、千智ちゃんを誘ったのは私だから。ただ……」
「ただ?」
「千智ちゃんがかわい過ぎて、なんだかつらくなっちゃって……」
 皐月には祐希が打ちのめされる気持ちがわからないでもなかった。千智のルックスは特級呪物並みの力がある。同じ女子からすれば、千智には自分の好きな人の魂を奪われてしまうし、自尊心までもが破壊されてしまう。現にクラス内で千智は女子から忌み嫌われている。
「なんで祐希がつらくなるんだよ。恋人がいるだろ? 千智にロータスを取られたわけでもあるまいし」
「蓮君なんて関係ないよ。もう、過ぎたことなんてどうだっていいじゃない。今は全然つらくないから」
 祐希が頬にキスをしてきた。ここで祐希の方に顔を向ければ唇にキスができる。だが蓮の顔がチラついて、皐月は躊躇した。今さらいい子でいようとも思わなくなっていたが、あのスカした蓮の顔を思い出すと生理的な嫌悪感が湧く。
「皐月……」
 祐希が椅子に座っている皐月の顎に手をかけた。
(これが顎クイ? 普通は逆だよな……)
 皐月は祐希の好きにさせようと、なすがままになることにした。

 及川祐希おいかわゆうきが歯磨きを終えて洗面所から戻ってくると、藤城皐月ふじしろさつきのベッドにもぐり込んできた。
「ねえ。美紅みくが皐月のことを絶賛してたよ」
「えっ? なんで?」
「かわいいって」
「なんだよ。それじゃ、マスコットみたいじゃん」
「別にいいでしょ? マスコットだって。それって人気者ってことだから。それにクラスの子もほとんどが博紀ひろき君から皐月の乗り換えたよ」
 もう二度と行かない桜淵高校で自分のファンが増えたところで、皐月には何の感慨も湧かなかった。ただ、手相占いが思ったよりも当たっていることに驚いた。
「で、祐希も博紀から俺に乗り換えた?」
「私は最初から皐月派だったよ」
「そう? 豊川稲荷で博紀と二ケツしてた時は満更でもない顔をしてたけどな」
「それは博紀君もかわいいから、しょうがないでしょ?」
「お前、もう自分の部屋に行けよ」

 二人の部屋を隔てている襖を開け、祐希の上に乗って寝ている場所を入れ代わろうとした時に、家の外で車の停まる音がした。
「あっ、帰ってきたみたいだ。俺、ママに顔を見せてくる」
「私も行く」
 二人揃って階段を下り、母の小百合さゆりを出迎えに行った。玄関では祐希の母の頼子よりこがタクシーの運転手の永井から三味線を受け取っているところだった。永井は皐月を見つけると手を振って親しみを示した。
「ただいま~」
 小百合の着物はいつも通りだったが、今日はかつらを被っていなかった。きっと軽めの宴席だったのだろう。
「皐月。あんた、明日は明日美あすみにお土産を渡しに行くんでしょ? それなら一緒に晩ご飯を食べておいで」
「お土産を渡しには行くけど、晩ご飯? 俺、昼飯を食べてから明日美んとこに行こうと思ってたんだけど」
「それならそうすればいいじゃない。検番けんばんでお母さんから聞いたんだけど、あんた、明日美の世話を任されたんだってね」
「世話? 俺はただ、時々様子を見に行ってほしいって言われただけだよ」

 芸妓げいこ組合の組合長の京子きょうこは病み上がりの明日美が仕事や稽古を頑張り過ぎているのを心配している。明日美は京子が何を言っても聞かないが、皐月の言うことなら聞くので、皐月に明日美の頑張り過ぎをセーブさせる役割を任せるようになった。
「今日、明日美と同じお座敷になったんだけどさ、あの子って一人で外食ができないみたいだね。だからあんたが付き合ってあげれば、外でちゃんとしたご飯を食べられるんじゃないかと思ってね。聞けばいつも食事はスーパーやコンビニの弁当や総菜だって言うじゃない。病気をしたのに危なっかしいんだから」
 そのことは皐月も知っていた。明日美の部屋は普段から料理をしているような生活感がない。
「そういうわけで皐月、明日はよろしくね」
「外食って言われても、どうすればいいんだよ……。俺だって外食なんかあまりしたことないんだし」
「あんたが行きたいところに一緒に行ってやればいいんだよ。ラーメンでも牛丼でも回転寿司でもいいんじゃないの? 明日美はそういう店に行ったことがないんだから、どこに行ったっていいんだよ」
「わかった。じゃあ、そうする」
 皐月はこんな形で明日美と会えるようになるとは思わなかった。これから明日美と会う時間を作るのに、どういう理由にすればいいのかをずっと悩んでいた。それがなぜかこんなに都合のいい展開になった。これはきっと明日美が何か裏で策を巡らせたに違いない。

「頼子。明日はお座敷がないから、今夜は飲もうか」
「いいわね。皐月ちゃんが買ってくれたお銚子と徳利で日本酒を飲みましょう」
 皐月は修学旅行のお土産に清水焼の酒器を買ってきた。小百合と頼子が二人で飲めるような銚子と徳利のセットだ。
「祐希ちゃん。そういうわけで、明日の朝食は皐月と一緒にモーニングに行ってもらってもいいかな?」
「はい」
「祐希。明日は家にいるの?」
「美紅のところに遊びに行くよ」
「お昼は?」
「むこうで食べる」
「晩ご飯までには帰って来なさいよ」
「わかってるよ」
 皐月は頼子に対してくだけた感じで話ができるようになったが、祐希はまだ小百合に対しては畏まった感じでしか話ができない。
「祐希ちゃん。その美紅ちゃんって子、うちに呼んでもいいからね。自分の家なんだから、遠慮しちゃダメよ」
「ありがとう。じゃあ、今度豊川に来てもらおうかな」

 皐月と祐希はおやすみの挨拶をして二階の部屋に戻った。小百合はこれからお風呂に入り、頼子は酒の肴を作るようだ。
 祐希は皐月の部屋を抜けて自分の部屋に戻ろうとはせずに、皐月の部屋にとどまった。
「皐月。明日は明日美さんとデートだね」
「祐希だってロータスとデートなんだろ?」
「違うよ。本当に美紅と会うんだから。それに私、蓮君とはデートなんかしないし……」
「どういうこと? 二人は恋人同士なんだろ?」
 祐希を見ると、高校の文化祭で見た時と同じ顔をしていた。
「もう、そんなことどうだっていいじゃない。とにかく皐月は蓮君のことなんか何も気にしなくていいから」
 皐月は祐希と蓮との間で何かあったのかな、と思った。それを祐希が言いたくないなら、聞くべきではない。皐月にはまだ恋愛のことはまだよくわからないが、人の恋愛には絶対に立ち入らないようにした方がいいと思っている。
「祐希も明日美のことなんて気にしなくてもいいから」
 祐希の言葉をそのまま返した。皐月は自分のことを、なんて性格の悪い奴なんだと嫌になった。最近は息をするように嘘をついている。
「明日美さんもきれいな人だよね。千智ちゃんの時みたいにつらくなっちゃう……」
「ハハッ。俺ってきれいな女の人に縁があり過ぎだよな~。前世でよっぽどいいことしたのかな?」
 おどけてごまかそうとしても、祐希はあいかわらずつらそうな顔をしていた。
「だから現世で祐希とも出逢えたんだよ」

 慰めるつもりで口から出た言葉は祐希に効き過ぎたようだ。祐希が皐月の胸の中に飛び込んできた。
 こんなことをしてていいのかな、と思いながら口づけをすると、祐希はいつの間にかキスが上手くなっていた。


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音彌
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