皐月物語 36.1 さあ、麻雀やろうぜ!
この回は36話のサイドストーリーです。麻雀小説っぽくなっていますが、麻雀のルールを知らなくても楽しんでもらえるようにしました。
5人の小学生が藤城皐月の家に集まって麻雀をすることになった。
「麻雀するのはいいけど、5人だから1人余るな。どうする?」
月花博紀は4人でやる普通の半荘麻雀しかしたことがないのでこの状況に戸惑っている。
「東風戦の早回しにしようよ。ラスを引いた奴が交代するってのはどう?」
月花直紀は気が短いので東風戦が好きだ。東風戦とは親番が一周回ったら終わる。普通は親番が二周する東南戦で、これを半荘という。皐月が東南西北の四周する一荘戦をやろうというので一度だけ付き合ったが、勝負が長すぎて嫌になった。それ以来、直紀は勝負の短い東南戦かブー麻雀を好むようになった。
「いっそ北抜きの三人麻雀にする? 東風戦みたいに区切りがないし、勝負も早いからすぐに交代できるよ」
「なんで5人いるのに三人麻雀しなきゃならないんだよ」
今泉俊介は三人麻雀が得意だ。北抜きは萬子の二から八を抜き、北をドラ扱いする大味な麻雀で、皐月も直紀も北抜きを麻雀とは別の遊びだと思っている。
「勝負が早いんだったらブーでいいじゃん。こっちの方が早いし面白いよ」
直紀はあくまで普通の麻雀にこだわっている。ブー麻雀は確かに勝負が手っ取り早くて面白い。ブー麻雀なら役なしでも和了できるから初心者にも優しいというのが直紀の持論。役よりも符計算を覚えなければならないので、そんな単純な話ではないし、点数計算に場ゾロのつかない計算法は現代では一般的ではない。だがその合理的な計算法は直紀のみならず皐月や俊介にも愛されている。ただこの場には入屋千智がいるので採用するのは憚られる。
「ねえ、何を言っているのか全然わかんないんだけど……」
千智が困った顔で皐月に助けを求めている。
「千智は麻雀のルール、どの程度知ってるの?」
「ゲームで覚えたから、役と飜数くらいかな。点数計算はゲームにお任せって感じで、ちゃんと覚えてないよ」
「じゃあ点数表と役の一覧表を渡すね」
麻雀牌の入った木箱の中に折りたたまれた皐月自作の点数表がある。それを千智に渡した。0飜からの点数まで書かれている。現在は和了時に飜飜と2飜加算されるので、表を見るときは3飜から始まる。
この町内の子たちは少しマニアックなのだ。そしてそれを主導してきたのは皐月だ。俊介と直紀も受け入れているのは年少時からの教育の賜物だ。最初に役なしの符計算だけで和了する練習麻雀から覚えた。
「今日は普通の麻雀でいいよね。だって麻雀初体験の千智がいるんだから」
「え~っ、そんなのまだるっこしいじゃん。見にまわったらダルいし」
直紀と俊介は一局でも見物に回るのが嫌なようだ。それは皐月も俊介も同じだ。
「だったらチップで一局清算にしようよ。振り込んだら交代とかにすればよくないか?」
「勝ち負けはどうやって決めるんだ? ブーみたいに持ち点の2倍になったら終了とか? あるいは誰かが飛んだらとか」
博紀はサッカーをやっているからなのか、勝ち負けにこだわるタイプだ。
「それでいいじゃん。で、ゲームが終わった時点で原点から沈んでいたら罰ゲームね」
勝負に負けたら代償を払わなければ面白くないのが皐月だ。代償は真剣に遊ぶための必須条件だと思っている。
「じゃあ罰ゲームはみんなの前で歌を歌うだね」
俊介が間髪を容れずに主張する。なんて嬉しそうな顔をしているのだろう。
「そんなのお前にとってはただのご褒美じゃねえか。全然罰ゲームになってねえ。お前、自分が歌いたいだけだろ」
ビジュアルも勉強もスポーツも完璧な博紀にとって唯一の欠点が歌だ。弟の直紀も音痴だ。俊介の提案は月花兄弟を狙い撃ったものだ。
「博紀君の歌が聴きたいだけだよ。それとも何、俺たちに勝てる気がしないとか?」
俊介が煽る。博紀は煽られるとカッとなる癖がある。
「じゃあ罰ゲームは歌ってことで賛成の人?」
俊介の問いかけに博紀以外の4人は全員賛成の挙手をした。
「マジか……。じゃあ歌うのは最下位の奴だけってことでいいな。よ~し、お前ら全員ぶちのめしてやる!」
ルールは子の満貫である8000点持ち。トップがプラス8000点になるか、誰かが0点になった時点で終了。その時、持ち点が原点を下回っていたら負け。ブー麻雀のシステムを採用した。原点より沈んだ者は浮いた者に1000点支払って次のゲームに臨むというハンデを付ける。
「歌は女性シンガー限定ね」
「なんで女限定なんだよ、俊介」
これは完全にアイドル好きの俊介の趣味だ。
「俺、女の歌なんて歌えねえよ」
「スマホで歌詞を見ながら歌えばいいじゃん」
同じくアイドル好きの皐月に異論はない。
「皐月君、スマホをミニコンポのAUX端子に繋げたいんだけど、オーディオケーブルって持ってる?」
「あるよ。スマホ繋げるのもいいけど、どうせなら PC 繋げようか。この部屋のテレビなら PC 繋げば映像も出力できるから」
「そうしてもらえると助かる。バッテリーなくなっちゃうもん」
俊介は言い出しっぺだからなのか、この部屋の BGM 用に自分のスマホを提供しようと考えていたようだ。自分の好きな音楽をみんなに聞かせたいのだろう。
「じゃあ今朝言ってた皐月君が最近ハマってるアイドルのミュージックビデオでも流そうよ」
「いや、それはちょっとマニアック過ぎてみんなに悪い。とりあえず最初は音楽配信で今流行ってる曲でも流しておこうよ。このまま沢田研二聴いててもおれたち小学生にはどうかなって思うし」
「俺は別のこのままでもいいんだけどな~」
俊介は他にも頼子の持っているレコードをかけたがっている。皐月も俊介の影響で昭和歌謡が好きになったが、俊介の熱量は皐月の比ではない。
皐月は本心では今流行っている歌よりも最近好きになった地下アイドルの曲を流したいと思っている。知られていないだけでいい曲はたくさんあるので、みんなに聞いてもらってマスメディアに取り上げられなくても魅力的なアイドルを知ってもらい、できれば好きになってもらいたい。
「じゃあ麻雀で勝った奴が次のゲームの間、好きな音楽を流せる権利をゲットできるってのはどう?」
俊介は次から次へと提案をしてくる。こういうテンポの良さを皐月はいつも好ましく思っている。
「俺、そんなに音楽とかこだわりないなぁ」
直紀はあまり音楽に興味がない。大人びた俊介に比べて直紀は幼いところがある。会話中で使われる語彙に明らかな差がある。
「直紀ってアニメ好きじゃん。アニソンでも流せばいいよ」
「俊介も兄貴もアニメに興味ないだろ。いいのか、そんなの流しても」
「いいって。だってそれが勝った奴の特権なんだから」
皐月もアニメが好きなので直紀をフォローする側に回る。最初はアイドルの歌でも歌おうかと思っていたが、声優が歌うアニソンも悪くないな、と思い始めた。でも俊介や皐月の好むアニソンは直紀の好きなアニソンとはまるで違うことを二人は理解している。
皐月はもう一度自分の部屋に戻り、PCとケーブル、麻雀の精算に使うコインを持ってきた。PCには Spotify と YouTube をあらかじめ立ち上げておいた。
「5人いると点棒が足りなくなるからチップを使おうぜ。いつものプラスチックのチップじゃなくて、今日はこれを使おう」
皐月が持ってきたのは仮想通貨のビットコインとイーサリアムのコインだった。
「これ何だよ?」
「仮想通貨のビットコインとイーサリアムのコインだ。博紀、仮想通貨って知ってる?」
「なんとなくなら……。それって本物?」
「まさか。暗号資産だから仮想通貨にコインの現物はないよ。これは玩具。面白いだろ」
「まあ、チップよりは雰囲気出るな」
「千点棒の代わりにビットコイン、百点棒の代わりにイーサリアムにしようぜ」
「いいね。1000点=1BTCって面白いじゃん。なんか悪い遊びしているみたいだね」
「俺は1000点=10円で賭ける方がいいんだけどな……」
「バカ! 賭け麻雀は違法だぞ」
「兄貴は堅いな~。俺たちいつもこのレートでやってんだぜ」
「おい皐月。直紀の言ってることって本当なのか?」
「あ~あ、博紀にバレちゃった」
「お前さ~、あんま弟に悪いこと教えるなよな」
直紀は博紀ほど優等生ではない。ちょっと悪いことを喜ぶところが一緒に遊んでいて刺激的だと皐月は好ましく思っている。
「俊介、PC をミニコンポとテレビに繋げておいて。できる?」
「ミニコンポには繋げられるけど、テレビにはどうやって繋げればいいのかな?」
「HDMIケーブルがあるから、それを使ってくれればいいよ」
「設定とかは?」
「マルチモニターにするつもりじゃないから、繋げるだけでいいよ。あとはテレビ側の入力切替で HDMI を選択するだけ」
「テレビに繋げるんだったら、別にミニコンポに繋げなくたって音出るじゃん」
「コンポのスピーカーの方が音質がいいだろ」
「そりゃまあそうだね。じゃあ後は任せといて」
俊介が作業を始めると直紀が覗き込んできた。直紀につられて博紀も物珍しそうに見ている。
「千智、ただ麻雀するだけかと思ったら変な流れになっちゃったけど、こんなんでよかった?」
「いいよ。結構楽しんでるから。月花君も学校と違うし、今泉君も面白いし。カラオケじゃないのに人前で歌うのはちょっと恥ずかしいけど」
「大丈夫。千智が最下位にならないようにおれが守るから」
「先輩、そんなことできるの?」
「そうだな……例えば千智がラスになりそうになったら、おれが他の奴を狙い撃つとか。最悪、おれが身代わりになって誰かに差し込んで自爆するとか」
実際に皐月が千智を守るのは難しいかもしれない。博紀はともかく、直紀や俊介はいつも一緒に遊んでいるから二人が強いことを皐月はよく知っている。
「おい、お前ら何か企んでるな。作戦会議かよ」
「ああ。博紀、お前を狙い撃って歌わせてやろうってな」
「面白れえじゃねえか。そっちがその気ならこっちもそのつもりでいくぜ」
「そうでなくちゃ面白くない。かかってこいや」
博紀の目的は皐月の家に住み込んでいる女子高生の及川祐希に会うことだ。奴の聴牌は読みやすい。そんな博紀を本気にさせるためにはちょっと煽らないといけない。博紀が本気で遊んでくれないと自分が面白くない。
俊介がテレビの電源を入れ、HDMI 入力に切り替えると皐月の PC の画面が映った。
「とりあえず Spotify の日本のトップ50でも流しておくね。さあ、やろうか」
みんなの知ってる曲が流れたようで、場が軽く盛り上がっている。しかし皐月は今流れているこの曲を知らない。あまりテレビを見ないので流行に疎いところがある。皐月にはミニコンポのスピーカーから流れる音もなかなかいいな、と思うくらいで他は特に何も感じなかった。
皐月は軽い疎外感を感じながらも、おれがトップを取ってドマイナーなアイドルの曲を聴かせてやろう、といったサディスティックな欲望が湧き上がってきた。
続く