見出し画像

三度の強制終了が教えてくれたこと②

三度の強制終了が私に教えてくれたこと、それは、「本当の気持ちは休まないとわからない」と言うことでした。

身体に起きたことは、自分の本心(潜在意識とも言いますね)からのメッセージでした。

日々、忙しくしていると、自分の本心から遠ざかって生活していることがままあります。また、気づきそうになっても勝手にその気持ちにフタをしていたりします。なぜそんなことをしてしまうのでしょう?

それは、今の暮らしを変えたくないからだと思うのです。気づいてしまうことを恐れている?

目覚まし時計で起きて、決まった時間の電車に乗り、分刻みのスケジュールで動く、全て時計に支配されている生活。会社に行って決められた業務をこなし、赤の他人である上司の指示に従う。それは一見、楽なことなのかもしれません。他人の決めたルールに従えば、日々が過ぎていきますから。そして他人の決めたルールに従っていると、何か自分に不都合なことが起きた時は、他人のせいに出来ます。でも自分でない「他者」に自分の身体を合わせるのですから、そこには軋みとか歪みとか出てきてもおかしくないのです。

実は私は、割と会社員に向いている人間でした。父は高度成長期の典型的なサラリーマンで、定年後も数年役員を努めて退職、現在86才ですが、一度も病気で入院したことがありません。多分父が元気で定年を迎えることが出来たのは、あまり会社に依存せずに働いていたからではないのかと思います。

そんな父の血を引いているからか、組織に所属し、上司や部下がいて会社の辞令で業務をこなす「会社員」はそれほど苦痛ではありませんでした。会社にも恵まれたのかもしれませんが、苦手だと感じる人が少なく、例え上司であっても思っていることを言える性格で、調整も得意でした。やりたいことを自ら進言して仕事を作ることも出来ました。ですから会社に縛られている感覚は少なかったです。「うまく行かないこと」を会社のせいにすると言う依存心は少ない方だったと思います。しかし、業務を遂行するために「頑張りすぎる」ことはたびたびありました。また、どうしても許せない人間に出会うこともありました。1度目と3度目の強制終了ではストレスの原因もはっきりしています。どちらの時も半ば自分を痛めつけているようなところがありました。今思えばストレスも、自身の考え方やモノに対する捉え方でだいぶ変わってくると言うことがわかっています。

例えば今では「頑張る」と言う言葉はすっかり私の中からなくなっているのですが、当時は、ある目標に向かってみんなが「頑張っている」時に「頑張っていない」他人を許せない自分もいて、勝手にストレスとなっていました。

そんな3度目の強制終了が起きて、3ヶ月間休養の後、時短勤務から始めた私は、今までとは仕事の仕方も変わっていきました。体力が落ちていたのでなるべく現場作業はやらずにひたすら部下に自分の意思を伝えることに集中しました。仕事はとても充実していて、勤務していた店舗が2年後に大規模なリニューアルを迎えることになり、私は1フロアの責任者として大きなミッションを与えられました。

そんな時に夫から、退職したいと言う意志を打ち明けられたのです。そして、農家として独立→淡路島行きが決まっていきました。

その時芽生えた気持ちは、「もういいかな」という気持ちでした。

「もう充分働いたな」「都会生活も楽しんだな」「そろそろ違った暮らしもいいかな」そんなフレーズ。

そう、出てきたのは、「自分を労る気持ち」と未知の生活へのワクワクでした。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?