なんでもないけど
最近慣れない仕事が多くて、心も体も疲れているにんじんです。
疲れたときってどうされたいんでしょうか。
わたしはよしよしされるより、なんとなくいつも通り隣にいてほしいタイプです。
たいそれたことはいらないけど、まぁ美味しいご飯とかスイーツがぽんって出てきたりすると喜ぶかもしれません。
誰得ですか。
そんなわけで今日はfantastics、堀夏喜さん。
『なんでもないけど』
"もうすぐ仕事終わるー"
簡潔に送られた文章を眺めていた。
特に何も思わなかったのだ。
別に彼のことが好きでないわけではないけど、心が疲れたときは全てがなんでも良くなった。
会いたいとか、好きだとか、抱き合いたいだとか。
心底どうでもよかった。
「ねぇなんでスルーなわけ」
「あ、ごめん全然気にしてなかった」
「ほんと、そういうとこ」
はぁ、と大きなため息がその場の空気をよどませた。
彼は割とまめな性格だった。悪く言えばきっと細かい男、になるのだろう。
浮気の心配なんてこれっぽっちも感じさせないこまめな連絡、気遣い。なのにどうしてこんなクールに見えるんだろう。
なぜ?
と考えながら久しぶりにじっくりの顔を見つめた気がした。
「なに、そんなに見て、惚れ直した?」
惚れ直してもそんなことじゃ俺の機嫌はなおらないからね、なんて面倒くさいことを言っていた。
それに答えることはなかったけど、かわりに小さく息を吐いた。
「ご飯でも食べいく?」
「うん、いいね」
「やっぱやめた」
「え、なに」
「なんか買ってうちで食べようよ」
外で食べた方が楽なのに、と思った。
正直疲れ果てていたわたしは家に行くことさえも少し億劫に思ったからだ。
「なつきがそうしたいならそれでいいよ」
「うん、俺がそうしたい気分」
鼻歌をうたって一歩先を歩く。
細身のパンツはハイウエストで、少し肌寒かった今日に適した薄手のニットからはシャツが見えていた。
お決まりのサングラスにシルバーのアクセサリー。帽子は深く被ってその存在を消していた。
「なににしよっかなあ」
デパ地下の惣菜コーナーで真剣に悩む姿は息子を見てるような気分になった。
「そんなのでいいの?」
「わかってないなあ、こういうのが結局1番美味しいんだよ」
ふうん、と適当に声を漏らした。気づけば彼の両手にはたくさんの袋があった。
「そんないっぱい買って食べられる?」
「食べるよ、全部俺が食べたいものだし」
ご機嫌な横顔に少し笑った。
単純で、子供のような性格で。それなのに無理矢理にあけた片方の手でわたしの手を握ってきた。
大きくて少し冷たい指先が絡まってキュッと結ばれる。
「寒くない?大丈夫?」
少し彼の方へ引き寄せられて歩く帰り道は思ってたよりも心地がいいものだった。
好きな人といると疲れが取れる
だとか、
好きな人がいてくれたらそれだけで頑張れる
みたいな乙女思考を持ち合わせてはなかったけど、なんとなく少しだけ今日はわかってしまった気がして、負けた気がした。
「今日さ、買ったやつ絶対好きだと思うんだよね、疲れも取れるように栄養あるもの選んだし」
ぽつぽつとネタバラシ。
黙ってたらいいのに、と思ったけど黙ってたら気づきもしないわたしの性格を知ってた彼は一枚上手だ。
「考えてくれてたの」
「だって、大体ぼーっとしてるときはめっちゃ疲れてるときっしょ」
バレてたのがさらに恥ずかしくて沈黙を選んだ。
「いいよわかってるし、無理して取り繕わなくても、それに俺らってそういう面倒くさいの嫌いじゃん」
うそ、ほんとはすごく気にすることも知ってる。
いつも表情とかふとした小言とかを聞いてるのを知ってる。わたしが気づかないところで、たくさん支えて優しさで包んでくれてることも。
「あとさ」
ビニール袋から出てきたのは知育菓子のような、お菓子の家を作るキット。
「なにこれ(笑)」
「こういうの無心でする方がなんか楽しくない?」
突発的にこういう斜め上の発想をするところも好きだ。
いたって真面目な彼の顔が愛おしい。心の底から笑いが出た。
「笑ったじゃーん俺の勝ちー」
じゃあ決まりね、これやろう、と嬉しそうなのが指先から伝わった。
「なんでそれ買ったの?」
「えー?なんでもないけど、なんか俺らでやったら楽しそうじゃん」
好きな人だから楽しいんじゃなくて
きっとこの先も彼とだから、楽しいことがあるんだと思う。