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とうちょうしゃ

パーパーのネタが好きでどんどんハマっていき、ある時ほしののひとりごとというゲームチャンネルを見つけて毎日見にいくようになり、その後メンバーシップにも加入した。そんな私は今月を境にほしののひとりごとのとうちょうしゃ及びディスコチャンネルの生配信ともさよならをする。

私が初めてほしののひとりごとをリアルタイムでとうちょうしたのは昨年の8月26日。聴き始めたはいいもののいつもリアタイできていなかったから、この日初めてチャットに加われて、自分のコメントが読んでもらえたことに感銘を受けたことを今でも覚えてる。

とうちょうしゃの皆さんはとても温かくて、とうちょうしゃの皆さんとの交流もほしのさんの配信を見る楽しみの1つになってた。

そして、とうちょうしゃになった同時期にほしのディスコチャンネルが開設された。

歌ってみた動画でバズり、ほしのさんのファンもうなぎ上りで増えていき、生配信ではどちらのチャンネルもチャット欄が今まで以上に賑やかになった。

そんな風にどんどん盛り上がっていく界隈とは一方、私はだんだんついていけないと感じ、遠ざけることが増えていった。これはただ私が環境に適さなくなっただけの話。誰も悪くはない。

いつかのディスコチャンネルの生配信で、「愛してるよ配信」という、スパチャを投げてほしのさんから愛の言葉をいただける、ホス狂集いのような生配信があった。

当の私もスパチャを投げ、「やさいちゃん愛してるよ」と言ってもらった1人である。

当時は「ホス狂集いじゃんwww」と笑いながらもこの空間を十分に楽しんでいた。

しかしそれ以降、生配信があれば常に大量のスパチャ祭り。みんなとても楽しそうにコメントしたりスパチャを投げたりしているのを見て、周りとの温度差を感じるようになった。

別にスパチャは悪いことじゃない。好きな人の懐が豊かになるなら、ファンは満足だろう。私だって、今でもその考えは変わらない。

でも、私はほしのさんのスパチャを欲しがる姿が好きじゃない。乞食のような発言をしてスパチャを誘起するような姿が、ノリであっても受け入れることができなかった。

何度も言う。誰も悪くない。私が受け入れることができなかっただけ。

ファンのことを金としてみるのは別にいい。人間らしいとまで思う。でも、遠回しに伝わってくるくらいなら、素直にファンを金としてみていることを伝えてくる方が好きだ。お金が欲しいならお金が欲しいと言えばいいのに。いくらでもくれてやるよ。


なんて、お金だけを取り上げたけど、あげたらどんどん出てくるし、全部ただ私が捻くれてるだけなことも嫌なほど分かる。

今までのほしのさんが好きで、変化を嫌ってしまっているだけなことも。

お笑いをしてるほしのさんから入ったから、アーティストとしてのほしのさんや本を出版したいと野望を抱いているほしのさんをみて、お笑いに対する気持ちが薄れてしまっているのかなと寂しくなってるだけなことも。

悩まず今のほしのさんを好きでいればいいじゃないか、面倒臭い女だ、と自分自身だって思ってる。

でもだめだった。嫌な部分として捉えてしまう。だから離れる。テレビやライブで見たり、たまにYouTubeで動画を見たり、今後は適度に応援する。


こんな悩んでる自分が馬鹿馬鹿しくて、こんな長文書いてしまうほど悩んでしまっている自分が本当にキモい。てか今読み返したら、激重くて笑った。

とうちょうしゃをやめるだけなのに、別れ話してるみたいな気持ちなんだけど、草

まぁこんな感じ。

これ以上キモさが露呈したらやばいのでおわる!


不快な気持ちになった方がいたらすみません。こんな考えの人間も1人や2人いるか〜くらいで受け止めてほしいです。

以上





 






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