この世界にはホコリのかぶった豚の貯金箱がおいてある金物屋が必要だ
ターミナル駅とは言えないが、
普通の人たちが
普通に必死にそれぞれの生活を送っている
そこそこ賑やかな駅前の商店街。
田舎でもなく、都会でもない。
私はこんな商店街のある街で育った。
スーパーより安くて時々おまけもしてくれる魚屋さん。
たらふく食べて飲んでも3,000円を超えない居酒屋さん。
絶妙に私のツボを押さえた本屋さん。
「若者の商店街離れ」なんてなんのその。
もちろんスーパーや駅ビルも便利だしよく使うけど、駅前にあるという利便性から帰り道に、週末に、ついつい立ち寄ってしまう商店街だった。
しかし、一つだけ、立ち寄らない店があった。
ホコリのかぶった商品ばかりが立ち並ぶ金物屋さん
どーーーん軒先に広げられた机と、無秩序に置かれた色とりどりな(といっても、劣化からかどことなくアースカラーな)お茶碗や豆皿やすり鉢に箸置き、ほうきにちりとり、鈍い金のたらい……。
店は薄暗く、人生で二回ほど冷やかし半分で入ったけれど、客が来たことに気づかないお爺さん(多分、店主)。
どの商品も手にとると、うっすらホコリがかぶって手についた。
そこに並ぶ達筆(過ぎて読めない)な手書きポップ。(しかも、スーパーやドン・キホーテよりかもちょっと高い。)
「元祖ビレッジバンガードですか?」という乱雑ぶり。
そう、いわゆる金物屋である。
一際存在感を放っていた商品が店先にあるやたらカラフルな豚の陶器の貯金箱。
私はこの街に20年近く住んでいたのだけど、物心ついたころからこの豚くんはいた。
とにかく売れずに、防犯カメラもない無防備なこの古きお店の店頭で、この店の主として商品たちを見守っている。
そうして、己の身にちゃくちゃくとホコリを溜めている。
本来ならお金を貯めるはずの物なのに……。
なぜこんな店が潰れずにあるのだろう?
パッとしないけど、主要路線が停まる駅前の商店街。
地価はおそらく、そんなに安くないはずだ。
お客が入っていることが見たことないこの店は、なぜこんなにもお店を開けていられるのだろう…?
『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』なんて本がベストセラーになっていた時期もあったけど、「この金物屋はなぜ潰れないか?」も個人的・街の七不思議の殿堂入りだった。(2位は「なぜインドカレー屋はどこもチラシ配りをするのか」)
(つまらない話をしてしまうと、地主さんだったというオチです。)
とか思っていたら、あっさりその店は潰れた
ある日、黄色と赤の「閉店セール」というチラシが貼られ、その「閉店」は煽りではなくマジだったようで、あっけなく店はなくなった。
私はその頃にはキッチン用品なら100円ショップで、ちょっとおしゃれで良い食器を買いたいなら無印良品やLOFTなんかで買う「合理性」を身に着けていた。
そのあとには、たしか携帯ショップが出来ては消えていたと思う。
あの豚くんのような鮮烈な記憶がないので覚えていない。
みんな必死に生きているing
あとでわかったことなのだが、その店は「金物屋さん」ではなくどうやら「リビングショップ」と掲げていたようだ。
リビングショップ……!
LIVE ing ショップ……!
LIVE (生きる) に ing …!!!
ミニマムに限界まで無駄を削いで生きるのもありだ。
便利な店がある方が嬉しいし、お客さんにとっても生活もしやすかろう。
しかし、ホコリまみれの商品を置く金物屋があるような街の風景は、実はゆとりがあり豊かな証なのかもしれない。
定年間近で今や窓際社員となり、世間では「妖精さん」とも呼ばれている実家の父に会いに来た道中にて。