あいつ、アイス的に踊る(1)
まだ判断を下す者はいなかった。
しかし、そろそろ判断を下したほうがいいのは誰の目に見ても明らかだったので、ユウトは手を挙げた。
「なんだ、ユウト」上官は言った。前髪をかきあげながら。
「いえ。そうこうしているうちに食料もつきて、私達は漂流し、誰も生きていけなくなります。みなさん感じていることだとは思いますが」
上官の表情は渋った。そういうことはあまり言われたくないのだろう。
「で、なんだ」上官は言った。
「私たちに残されている選択肢、それは2つに絞られるのではないでしょうか」
「は?」
上官の示す態度は、ユウトの意見に賛同的なものではなかった。
「1つは全員で船を降りる。もう1つは、この船に船員の1人を残し、ほかの全員が船から降りる」
この船とは、この物語に登場する乗組員たちが現在乗っている船のことである。
航海の途中、あろうことか食料計画のミスが判明した。
『航海中、近い将来、海のど真ん中で、食料が不足する」というミスだった。
もちろん、その事実が判明したとき、船内はざわついた。
船には12人の乗組員がいる。
しばらくユウトの顔を見つめていた上官が、「ダメだ」と言って首を横に振った。
「どうしてです?」ユウトは表情を変えない。
「私は誰も、この船を降りさせたりはしない。誰一人として」
「では食料は? どうなるのです?」ユウトは続けた。
上官はじっと床を見つめたまま黙っている。冷えた粘土のように。
すると、上官と斜向かいに立ったコックの吉田が口を開いた。
「残りの食料は、あと5日分です」
それを耳にした上官が「ん」と、声にならない声を発した。
上官の胸中を、複雑な何かが去来した。
(つづく)
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