大袈裟な表現を日常で使い過ぎると疑問視されて信用されなくなり信頼を損なう
表情や表現が豊かであることは、決してマイナスな要因ではないと思うけど日常で頻繁に大袈裟な表現を使っていると、語っていることの真偽が疑問視されて信用されなくなり、信頼を失ってしまうことになりかねない。
話を面白くするために、デフォルメすることは良くある話だけど、度が過ぎていつも大袈裟な表現ばかり使っていると、人間性まで低い評価を受けてしまうことになりますよね。(^^ゞ
ついつい使ってしまうこともあると思うけど、口癖にならないように気をつけたいものです。
少し気になるというか、けっこう引っかかってしまうのが、テレビなどで見かける「美人過ぎるホニャララ」とか、「空前絶後の・・・・」とか「壮絶な人生を・・・・」などの表現に、微妙な違和感を感じてしまう私が変なのか。😓
凄まじい・・・・なんて言葉にしろ、絶対にあり得ないなんて、言い切ってしまわれることにも頭を傾げてしまうのですよ。
伝えられる映像や番組内で視聴できる内容からみて、どうも大袈裟だなと感じてしまうのですね。
一時、美人過ぎる議員さんとして、テレビでクローズアップされた女性がおられたけど、美人であるという定義を拡大解釈しすぎじゃないかと、個人的な感想をもらしたくらいなんですよ。
そもそも美人であるかなんて評価については、それぞれ個人の好みがあると思うので、一律に線引きできるものじゃないと思う。
「一般的に」っていう枕をつければまだしも、日本国民のスタンダードであるかのような決め付けで「美人」どころか「美人過ぎる」なんていう表現に躊躇しないなんて、報道としていかがなものかと注文付けたくなっちゃう。
だって、審美眼のありようについても、時代とともに変わってきている気もするし、ミスコンの審査員が全国民の総意を受けて審査しているとも思えず単に個人の好みで採点した結果をとりまとめているだけ・・・・じゃないの?
それぞれの個性、それぞれの個体ごとにそれなりの美があると思うし、その美をすくい取る眼を持っているかにも個人差があると思うのですよ。(^_^)b
おっとっとっと、美人について文句が言いたかったわけではないのです。
要するに大袈裟な表現が口癖になると、そういう事実と違う評価しかできない御仁だと思われるので、気をつけたいよねってことを伝えたいのです。
適切な言葉を使い、的確な表現をするようにしないと、自分の信用や人間性の評価まで左右されかねないので、要注意ですよねってこと。
おいおい、それをアンタがいうわけ?
っていうのは、いったん横に置いておき。😓
noteの記事を書くときにも言えることでしたね。
伝えたいことの本筋から外れてしまわないように、私も気をつけねば。😅
おたがいに語る場面や相手により、大袈裟な表現になりすぎないように注意したいものですね。(^_^)b
ってことで、今回は
「大袈裟な表現を日常で使い過ぎると疑問視されて信用されなくなり信頼を損なう」という大袈裟な表現を口癖にしたらダメっていう話でした。😅
※見出し画像のイラストは、メイプル楓さんからお借りしました。
では!
大袈裟の 多用控えて のほほんと
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