天賦の才能が天才なら全員天才の可能性と資格があるってことだよ人間だもの!
天才をよくよく考えてみると、天賦の才能のことですよね。
その天賦の才っていうのは、生まれついたときから引き継いだ遺伝子で出現する才能のことだと考えると、私たちは全員天才の可能性があるんですよ。
その天賦の才っていうのが出現しているかいないかだけで、脳内や体内には脈々と天才の血が流れているわけですよね。
自分が天才の可能性があるとか、天才の資格があるなんて考えもしないから凡人のままで暮らしているけど、実はあなたは天才なのですよ。(^_^)b
そう!あなたは天才なのだ!
ただね、ちょっとだけ残念なのが、その天賦の才を密かに隠し持ったままで顕在化させないまま人生を終わってしまう人が、大半であるっていうもったいない事実があるんですよね。
私たちは自分の中に潜在している天賦の才を発揮しないままで、人生を終えてしまいがちなんだけど、ごく一部の人が生まれて間もなくその才能を発揮しだして、天才の誉と賞賛の声を浴びる超一流の人たちなわけです。
そのごく一部の天才からは洩れたものの、ほんの少しのきっかけで天賦の才を引き出せる人たちが、一流と呼ばれる人たちなんだと思うのですよ。
天賦の才を上手く引き出せないで、のほほんと暮らしている私のような人たちは、自分の中の天賦の才の存在を確信していれば、超一流や一流は無理だとしても、1.5流にはなれるのですね。
1.5流でもいいじゃないか!
あとは上手にその天賦の才を引き出すことができる人と、ぶきっちょで上手に引き出すことができない人に分かれるということです。
要するに、素材としてはほとんど変わらないのが私たちなんですよ。
素材の持ち味を発揮しているかどうかの違いだけなんですね。
誰しも天才の可能性を持っているし、天才と呼ばれる資格もあるわけです。
問題はその天賦の才という「才能」が、人によってそれぞれ異なる分野に分かれているということなのですよ。
音楽、言語、絵画、運動、計算、暗記、論理、閃き、感覚、六感、想念・・・といった様々な才能を、人によっては複数備えていたり発揮しているわけですね。
そういった才能を開化させないままで眠らせてしまうのも、上手に引き出して天賦の才を発揮できるようにするのも、どちらも教育の在り方に依存しているといえるのですが、どちらになるかは運次第ということです。
教育といっても学校だけじゃないから、家庭でも社会でもその環境を作ることはできるわけですね。
天賦の才を上手に引き出す環境づくりはどうすれば良いかというと、実は簡単なんですよ。
それは
誉めてりゃいいのよ!
個性を大切にして誉めてあげること。
誉めてあげるために、その才能の素晴らしさに、気づいてあげること。
これだけで良いのです。
人は誉められるとうれしくなりますよね。
誉められたことがうれしくなって、やる気も出ますよね。
やる気が出ると、俄然張り切って行動を起こしますよね。
その繰り返しで天才は育つのです・・・たぶん。(^_^;)
誉められて嫌な気がする人って、いないですもん。
だって、人間だもの!
そう、私もあなたも、人間だもの!
みんなが思いやりを持って向き合えば、それぞれの中に潜んでいる天賦の才が顔を覗かせて、天才だらけの世の中になるんだけどなぁ・・・。
そんなことを考えている私が目指すのは、思いやりの天才なのね。(^_^)b
とは言っても、そんな世の中を夢見ながらも現実は、しっかりと生活の基盤は固めておくべきですね、ってことで、手っ取り早くマネタイズの天才を一緒に目指してみますか!(^_^)b
というオチで、今回は
「天賦の才能が天才なら全員天才の可能性と資格があるってことだよ人間だもの!」っていう、みんな天才なんだよって話でした。
では!
凡人の ふりを天才 のほほんと。