東京五輪女子重量挙げにトランスジェンダーの選手が出場権を獲得して賛否両論の声が・・・。
このトランスジェンダーの選手はニュージーランドの、ローレル・ハバードとという43歳の選手で、2013年までは男子重量挙げの選手として競技活動を行っていたんだけど、性別適合手術を受けて女子重量挙げに転向したのね。
階級は女子87キロ超級で、国際重量挙げ連盟(IWF)が同選手の東京オリンピック出場権獲得を6月11日に発表したけど、これがそのまま出場ということになれば、オリンピック史上初のトランスジェンダー選手になるのよね。
このことについて、ローレル・ハバード選手が元男子重量挙げ選手として競技活動を行っていたことで、身体的な優位性から競技に公平さを欠くんじゃないかと、不満の声もあがり賛否両論の意見が出ているようなんですよ。
そもそも、なんでローレル・ハバード選手が、今回の東京オリンピック出場権を獲得できたかというと、国際重量挙げ連盟(IWF)が新型コロナウイルスの影響を受けて、予選基準を変更したからなんですね。
国際重量挙げ連盟は国際ウエイトリフティング連盟とも呼ばれており、どちらも同じ団体で英語表記ではInternational Weightlifting Federation(IWF)となっています。
このIWFの新たな予選基準をクリアしている上に、国際オリンピック委員会(IOC)が規定している同選手の血液中のテストステロン(男性ホルモン値)が基準以下だったために、出場権獲得となったようですね。
あとはニュージーランドのオリンピック委員会が、IWFから付与された出場権を行使するかしないかですが、このまま出場権行使となると、正式にローレル・ハバード選手の東京五輪出場が決定することになるわけです。
ザッと経緯はこんな感じなんだけど、こりゃぁもめますわね。
不公平だという声があがっても仕方がない気がします。
トランスジェンダーのことも詳しいわけではないけど、理解はしているつもりだし、ジェンダーやコミュニティに対しても、偏見や余計な色眼鏡では見ていないつもりだけど、今回の件には少し違和感があるんですよね。
競技の公平性という点からみても、単純に基準数値をクリアしたからいいんじゃないの、っていうことで片付けられない問題が残りそうです。
特にオリンピックの出場権となると、人生をかけて挑み続けてきた選手たちにとっては、将来を大きく左右する大変重要な登竜門だと思うので、公平性を重視して選抜されなきゃいけないと思うのですよ。
同じような事を感じている人もいると思うので、記事にしたんですが、トランスジェンダー選手が、オリンピックに出場するということには、特別異論はないのですが、公平性という点でもう少し論議が必要じゃ無いかと。
私の個人的な意見なんですが、トランスジェンダー選手を公平に扱うというのなら、そもそも男性と女性の2つに区分しての競技しかない、という実態から見直すべきじゃないのかと考えるんですよね。
身体的な優位性で言うのなら、人種的な遺伝要素も絡んでくるので、人種的な要因からの体格差というのは現実問題として存在していますよね。
それと同じように今回の件を考えていいものか・・・ってところに、なんだかしっくりこないものを感じているんですよ。
柔道や空手やボクシングに、テコンドーやレスリングといった格闘技系の競技だけでなく、重量挙げも体重差による階級制を設けているので、同じ階級であれば公平性を保てるという判断は、少し早計な気がするんですね。
かつては柔道も、柔よく剛を制することが柔道の本質なんだとして、体格差による階級制を設けることに反対意見もあっただろうけど、時代の趨勢で武道のスポーツ競技化とともに、ルールが変わったのは理解できるんです。
これからのことを考えるなら、いっそのこと男女分け以外に、重量の無差別級みたいな、ジェンダーレス区分を設けたほうがいいんじゃないの、って思うんですが、あなたはどういうご意見でしょう?
もしくは、身体的優位性で劣るとされている女性側から、男性側に参加するのは出場資格を認めて、優位なほうから劣位のほうへは認めないとか・・・。
いずれにしても、人生をかけて挑み続けた選手にとっては、他人事じゃないからね、真剣に議論して欲しいと思うことでした。
ってことで、今回は
「東京五輪女子重量挙げにトランスジェンダーの選手が出場権を獲得して賛否両論の声が・・・。」というジェンダーに関する難しい話でした。
※見出し画像のイラストは、ソエジマケイタさんからお借りしました。
では!
公平な 制度もうけて のほほんと
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