コロナ渦不染日記 #113
三月二十三日(火)
○今朝の体温は、三六・一度。
○今日から三日間、在宅勤務である。といって、特にやることがあるわけではない。他の仕事の例に漏れず、ぼくの仕事も、年度末は次年度への以降に追われて、いろいろなことがまとまらず、並列処理を続け、時間がかかり、結果、ぼくたちのような現場レベルにまで、決定がなかなか降りてこないからである。足踏みを余儀なくされているのだ。
こういうときに焦ってもしょうがないので、報告書を片付けたり、資料を読んだりして時間を稼いだ。最近は、年度末の忙しさに、こういうときでもなければ丁寧に仕事の資料を読み込むこともできなかったので、そこはスケジューリングをうまくやった自分を褒めることにする。
○昼食は、相棒の下品ラビットが作ってくれた、アラビアータを食べた。
食後のコーヒーがたっぷり飲めるのも、在宅勤務のいいところだ。
○午後は、社内業務の発送準備を整え、送り状を印刷しながら、こっそりと『Valheim』を遊んだ。
サンドボックスタイプのゲームは、ゲームから目的をあたえられなくても、自分の思うまま、建築をしているだけで楽しいものだ。それに加えて、『Valheim』では、ランダム生成される「プレイヤーそれぞれの世界」を体験する楽しみがある。これまで行ったことのない場所に行って、そこで夜をむかえたら、焚き火のまえに座りこんで、遠くかすかに動く夜空と、近く烈しく動く火を、交互に眺めるだけでも楽しいものだ。現実のキャンプでも、個人的にいちばん楽しいと思うのは、すべてが終わったあと、静まりかえった夜闇のなかで、揺れる火を見つめながら、闇にぬりつぶされた世界のたてる音を聞くときである。
○「世界のたてる音」とは、ひとを孤独にする。夜、文目もわからぬ暗闇のなかならば、なおさらだ。それは、音という「あるがままにあるもの」を介して、世界とひとがダイレクトにつながるからである。ダイレクトにつながっているから、そこには余談の入るすき間がない。余談が生まれるとしても、その周囲であって、その「つながり」じたいは否定されざるものとして、余談に損なわれず、そこにある。だから、ひとは孤独になると、物理的な他人にも、こころのなかの余談にも邪魔されず、自分じしんを見つめることになる。國府田マリ子氏の名曲「みみかきをしていると」は、こういうことを語っていた。
みみかきをしていると
なんだかぼんやりしちゃいます
アタマの中の暗闇に
注意を集中させてるところ
いまだけ私は誰でもないの
――國府田マリ子(作詞・戸沢暢美)「みみかきをしていると」より。
(太字強調は引用者)
久住昌之/谷口ジロー『孤独のグルメ』を引くまでもなく、孤独こそ、ひとがもっとも自由になる時間である。他者にわずらわされないことこそ、「個性という『呪い』」を生きねばならないひと――知性生物にとって、「個」を肯定できる、唯一のやすらぎなのである。「みみかきをしていると」は、それを「みみかき」という「内側を探索する」行為を通じて語る。食欲が目のまえの料理とひととをつなぐように、世界のたてる音が周囲の世界とひととをつなぐように。
○本日の、全国の新規感染者数は、一五〇一人(前週比+三六八人)。
そのうち、東京は、三三七人(前週比+三七人)。
三月二十四日(水)
○今朝の体温は三六・〇度。
○今日も在宅勤務である。きのうと違うのは、朝からチームのメンバーほぼ全員が参加しての、オンラインミーティングがあることだ。
ぼくが所属しているチームは、去年の夏ごろから、来年度の事業規模拡大を目指し、ぼくのような人類以外の知性生物をふくめて、積極的に人員を増やしてきた結果、ぼくが入社したときの倍くらいのメンバー数になっていた。それがいっせいにミーティングをし、来年度にむけて資料を準備する、その作業を行うのが、今日の目標となっていた。
だが、そういうミーティングになることは、ミーティングの開始直後、ワオキツネザル先輩(ぼくの教育係だった)から説明されるまで、ぼくたちは知らなかった。しかも、そのような内容を全員で協議するのは、オンラインミーティングの仕様上、不都合がおおいので、参加者を複数チームに分けることになり、そのうちひとつのチームリーダーを、ぼくが拝命することになったのも、その説明の場で、である。これには、内心いらっとした。せめて前日に申し送りをしておいてくれたら、ぼくだけは混乱が過ぎ去った状態で、混乱しているメンバーに向かうことができたはずだ。そうなっていれば、メンバーの混乱も鎮められたであろう。これも年度末だからなのかもしれないが、拙速の愚といって、まずさしつかえあるまい。こういうことが、最近、おおすぎる。結局、仕事を終えたときには、ひとまずかたちにはなったものの、どっと疲れた。
○本日の、全国の新規感染者数は、一九一九人(前週比+三八六人)。
そのうち、東京は、四二〇人(前週比+一一人)。
三月二十五日(木)
○今朝の体温は三六・〇度。
○会社の取引先が、唐突な指示と情報開示を行って、この期に及んで仕事が増えたことがなんとも腹立たしい。のみならず、それを受けたチームリーダーが、あわててチームの全メンバーに指示を出したものだから、これまであいまいな情報だけ与えられて、足踏みをされていたぼくたちは、急に背中をどやしつけられたようなもので、これまた腹立たしいかぎりである。
どちらにも共通するのは、現場のことをなにも考えていないところだ。特に、チームリーダーは、こちら側であるべき存在と思うが、取引先との中間にあって、取引先に並ぶ、そちらとは別の不条理として、我々の邪魔になるのだから、たまったものではない。
○思うに、やはり、これはこのたびの災禍に理由がある。このたびの災禍は、渦を巻いて、その動きのおよぶところ、さまざまな緊張をもたらして、不具合を生じせしめてきた。その結果としての「余裕のなさ」こそ、この「コロナ渦」最大の二次災害であろう。
誰もが余裕なく、ギリギリのところでどうにかしのいでいる――という状況は、あるいはこの災禍にかぎったことではないのかもしれない。しかし、それがここまで顕在化するのも、珍しいことではないかと思う。
○結局、明日以降、つまり有給休暇のさなかにも、現場とやりとりしなければならなくなった。そのことをリーダーに報告すると、
「有休とったならちゃんと休んで欲しいんだけどね」
などとぬかす。
退勤後、このことをパンダ先輩に愚痴ってしまった。
○いらいらしたので、平田弘史『弓道士魂』を読む。
○どうぶつマッサージを受けて、帰宅すると、妹うさぎから小包が届いていた。中身は、洗濯洗剤と、ぼくたちへの誕生日プレゼントだった。洗濯洗剤は、買ったはいいものの、姪うさぎのことを考えると使えなかったので、こちらで使ってほしいとのことだった。
誕生日プレゼントは、マスクケースだった。
○本日の、全国の新規感染者数は、一九一七人(前週比+四一九人)。
そのうち、東京は、三九四人(前週比+七一人)。
全国で新規感染者が増えている。
引用・参考文献
イラスト
「ダ鳥獣ギ画」(https://chojugiga.com/)
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