コロナ渦不染日記 #82
十二月十四日(月)
○今朝の体温は三六・〇度。
○政府から、「 GoToトラベル」キャンペーンを、今月二十八日から、年が明けて来月の十一日まで、停止する旨が発表された。「GoToトラベル」キャンペーンが、直接の原因とは考えづらいが、今月に入っての、新規感染者の増加は、看過できない事態として、なんらかの手立てを講じる必要ありと考えて、目に見えるかたち、アピールできるかたちでの「対策」に打って出たものと考えられる。
しかし、これでは、相変わらずの「経済の停滞」を招くものとしか考えれらない。かつて、ぼくはこの日記で、「状況判断を必要とするということは、それだけ余裕がないということだ」というようなことを書いたが、まさに、いま、窮余のときということだろう。
○先月末から、政府は、「勝負の三週間」などという言葉を使って、新型コロナウィルスの感染拡大防止を呼びかけていたようであるが、しかし、そもそもこの言葉がさす「勝負」とは、なにとの勝負なのか、はっきりとしない。きっと、この言葉を考えた人々は、はっきりとした回答など、考えていないのだろう。まさか、新型コロナウィルスに勝てるなどと考えてはおるまい。とすれば、相手は内にあり、勝つべきなのは、戦う人々じしんである、ということになろうか。しかし、「己に勝て」などと言われて、そうできるなら、人類の社会はもっと向上しているはずである。さらに、他人から「己に勝て」と言われて、そのとおりにするものなどおるまい。「余計なお世話だ」と考えるに決まっている。己のことは、己が決めるべきであって、他人にそのように言われたところで、その気になるものでもない。
○ケイト・ウィルヘルム『鳥の歌いまは絶え』を読み終わった。
核兵器、環境汚染、その他もろもろの要因による、出生率の低下に抗すべく、山間の土地に住むある一族が、彼らの土地にクローン製造施設を作り、人類の生き残りを図る。その中には、クローンによる次世代の出生も含まれていたが、はたして、生まれてきたクローンたちには、同じ胚から分かれたものどうし、ゆるく精神的に繋がる、共感覚が備わっていた。そのような、生物的なむすびつきを持たない旧人類は、新人類によって放逐され、知的生命としての覇権はクローンたちに移っていく……というのが、この小説の第一章のあらましである。
ここで描かれるのは、禁忌を犯した人類の罪でもなければ、若い世代の凱歌でもない。たしかに、人類の叡智を次世代につなげるこころみは、旧約聖書の「ノアの方舟」の逸話を下敷きにしているし、このモチーフは、全編をつうじて反復されることになる。だが、それらの反復が描くものは、神ならぬ「時」の流れに翻弄されるしかない生命としての、人類の姿である。知恵をもったがゆえに傷つき、個を持たざるをえないために狂うが、しかし、その狂気のうちに、けものとして生存していく、弱い生き物たちの姿である。
このことは、衰退していく自分たちの世界を守ろうと、クローンたちが旧文明の遺産を求めて、かつての大都市にクエストに出かけた顛末を描く、第二章であきらかだ。このクエストに出るものたちは、おなじ胚から生まれた兄弟姉妹のうちからひとりずつ選ばれるが、彼らは兄弟姉妹との精神的なむすびつきを解かれ、旅の仲間とのあいだにも連帯を作れず、「人のなかの孤独」に狂っていく。だが、そのなかで、ひとりだけ、その狂気のうちに、「個にしか生み出しえない発想」――創造性――を獲得するものが現れるのである。
それを、クローン社会が許容しない流れは、恣意的に彼らを悪役に仕立て上げようとするむきがないわけではないが、彼らが指摘した「個性を保持するために人類ひとりひとりが払わねばならない代価」としての「孤独」や「狂気」を前提としなければ、現状維持という名の衰退はまぬかれないのである。
○本日の、全国の新規感染者数は、一六八二人(前週比+一六〇人)。
そのうち、東京は、三〇五人(前週比+六人)。
本日から、新規感染者数のうしろの()のなかは、先週との比較とする。理由は、「前日に比べてどう」というのが、月曜日は特に、意味がないからである。
十二月十五日(火)
○いよいよ朝が暗い。払暁に家を出れば、外気温は二度である。
今朝の体温は三六・〇度。
○アメリカで、製薬大手のファイザーが開発したワクチンの接種が開始された。本邦でのワクチン接種は厚生省の認可を待つことになるが、臨床検査の規模を縮小しても、認可を早める措置が取られる可能性もあると聞いた。個人的には、あまりいいこととは思えないし、仮に接種が開始されたとして、それを行う施設の運用はどうなるのか、それと別に行わねばならない経済対策など、問題はまだまだおおく残るものだが、それとしても、まずは一歩、事態が動いたと考えられるのは、喜ばしいことである。
○朝松健『血と炎の京 私本・応仁の乱』を読み始める。
『一休闇夜行』、『一休暗夜行』、『ぬばたま一休』などの、「ゴーストハンター一休」もので、室町時代を舞台に、数々の物語を語ってきた朝松健師父による、「応仁の乱」の物語である。前述のシリーズに登場する、ロバート・E・ハワードかアーサー・マッケンかと思われるような超常の怪異こそ現れないものの、同シリーズに描かれた、修羅の世界としての室町時代を拡大して描き、氏のもうひとつの得意分野である、ミリタリー的な趣向を乗せた、地獄めぐりの戦記ものとして読むことができる、野心作である。
特に、主人公を務める、骨皮道賢が、細川清元の陣屋を訪ねる、塹壕のシーンは、第一次世界大戦の塹壕戦の休憩時間を見るような、この世に現出した魔界を見る気持ちである。時空をつらぬく縦糸である「歴史(伝)」の一点に、時空を超えて共通する、人の生み出した不条理を見出し、そこに、「弱きもの」「敗れたもの」のさけびという、歴史が採択しない「ありえたかもしれない事実(奇)」を描き、普遍的な人の苦闘を描きだす、まさに「伝奇」の最新到達点のひとつであろう。
○本日の、全国の新規感染者数は、二四二五人(前週比+二五四人)。
そのうち、東京は、四五七人(前週比+一〇二人)。
十二月十六日(水)
○ここ数日の寒さに、電気毛布のきいた布団から出られない朝が続く。
今朝の体温は三六・〇度。
○仕事で、ある現場にいくことになると、いつも食べていた「これでいいんだよ」ラーメンが、いよいよ今年は食べ納めとなってしまった。最初に食べて、いっぱつでこの店を好きになった、麻婆メンを食べることにする。
○Gyao!で、映画『コングレス未来学会議』が配信されている。
ポーランドのSF小説家「スタニスワフ・レム」の書いた、ドラッグによるユートピア/ディストピアを描いたSF『泰平ヨンの未来学会議』の映画化作品であるが、原作が宇宙飛行士「泰平ヨン」という狂言回しを主人公にしたシリーズの一作であるために、映画は原作どおりには作らず、『プリンセス・ブライド・ストーリー』や『フォレスト・ガンプ/一期一会』などの俳優ロビン・ライトを本人役に、絶望の未来社会を彷徨うことになった俳優の地獄めぐりとして描く。
原作では、遠い未来、ドラッグでなんでもかんでも理想を叶えてしまう、サイバーパンクのドラッグ版というか、ひみつドラッグを与えてくれるドラえもんのような社会を、生まれ持った肉体が滅んでしまったために、他人の肉体に転移させられた宇宙飛行士が彷徨う物語だったが、それを、映像メディアに移し替えて、説得力を持たせて描くことができないために、誰もが理想のアバターを選べるようになり、初期ディズニー的なアニメがうごめく世界になった未来社会を設定し、不治の病の息子を治療するために、莫大な金と引き換えに、自分自身の生まれ持った外見をCGキャラクターにする権利を売り払った女優が、息子を探して世に出るために、アニメーションに化身するという話にしてある。しかし、この設定と、この設定によって必然的に導かれる、原作とは異なった結末以外は、まったく原作のとおりである。つまり、人の欲望がねじまがった果てに、一点は理想的であるけれども、その背後に無数のゆがみを抱えた社会の地獄を描き出すのである。
○本日の、全国の新規感染者数は、二九九二人(前週比+一八二人)。
そのうち、東京は、六七八人(前週比+一〇六人)。
十二月十七日(木)
○今朝の体温は三五・九度。
○すこし苦手な現場に、ここしばらくの通例として、新人を同行させる日となった。さらに、この現場には、今月発表された、社内の大激変の影響をもろにかぶる、ある企画を用意していたために、担当者と、気の重い話をしなければならなかった。
蓋を開けてみれば、たいそう気のいい担当者であったために、話し合いは軽く済んだが、あらたなタスクが持ち上がってもきた。まだまだ気の抜けない日々は続きそうである。というか、これは年度が改まる前後まで、続くことであろう。
○実は、この大激変も、このたびの災禍が生み出した「コロナ渦」の余波であるからには、この日記に書かざるをえないことなのである。ぼくという個人が、人類の社会で生きていくうえでも、これだけの余波が、こころの平穏を脅かしているのである。いわんや、他の知的生物をや。誰もが「コロナ渦」の、文字どおりの「渦中」にいるのである。
○持ち帰り仕事を片付けて、これ以上気力が続かなかったので、映画『ロング・キス・グッドナイト』を見る。
八年まえ、記憶喪失状態で発見された美しい女性は、心優しい男性と出会い、結婚。いまは、彼と出会うまえから妊娠していた、父親の知れない娘を含めた三人で、しあわせな家庭を築いていた。しかし、ある冬の晩、武器を持った男の襲撃を受ける。どうやら彼女の過去を知るらしい男を、直前に起こった事故をきっかけに、肉体に甦った殺人術で倒した女性は、以前から自分の過去を探らせていた、小悪党の探偵とともに、真実を探る冒険に出かける……というストーリーは、『リーサル・ウェポン』や『ザ・プレデター』の脚本、『ナイスガイズ!』の監督を務めたシェーン・ブラックが担当して、出てくるキャラクターがつぎつぎサクサクと死んでいく乾いた作風である。しかし、前述の三作もそうだけれど、シェーン・ブラックの脚本は、どれも「苦境に立たされた人間の土壇場の大逆転」を描いて定評のあり、今回も、胸のすくバイオレンスアクションとなっている。
しかも、監督は、『ダイ・ハード2』や『ディープ・ブルー』のレニー・ハーリンとくれば、クライマックスには世界を燃やし尽くすような大爆発が約束されている。悪辣な知性を備えた頭脳サメとの攻防戦を描いた『ディープ・ブルー』で、「青い海、青い空、それらにさかいに吹き上がる火柱」という、若山牧水もかくやという、世にも美しい爆発をスクリーンに見せつけたハーリン監督が、今作では、氷華吹すさぶ鉄橋を暗い夜空に吹き散らす大爆発を見せて、『ダイ・ハード2』クライマックスのアップデート版ともいえなくもない。
ぼくは、この映画を、WOWOWでの放送を録画して見たのであるが、すこぶるおもしろい映画ではあるものの、なぜ、いまになってこれが放送されるのか不明だった。しかし、一緒に見ていた、相棒の下品ラビットが、こう言ったので、すぐさま納得したものである。
「これ、クリスマス・ストーリーなんだよ」
炎のクリスマスツリーである。
○本日の、全国の新規感染者数は、三二一〇人(前週比+二四五人)。
そのうち、東京は、八二一人(前週比+二二一人)。
東京での新規感染者数が、先週と比べて、二百人も増えているのは、恐ろしいことである。「勝負の三週間」は、これでは「負け」ということになってしまう。
十二月十八日(金)
○今朝の体温は三六・〇度。
○新人同行を終えて、恒例のどうぶつマッサージで体をほぐして、巣穴に帰宅すると、妹うさぎが姪うさぎをともなって、帰省していた。
一ヶ月ぶりに会う姪うさぎは、頬肉がぷっくりして、絵本『ぼくとちいさなダッコッコ』のダッコッコに、いよいよ似てきている。
頬の筋肉が発達してきたのか、にんまりと笑顔を浮かべることもできるようになった。もちろん、笑顔の意味など理解していないだろう。しかし、目から入ってきた情報を、脳で整理することができるようになったからこそ、両親がむける笑顔の反復として、笑顔を浮かべているものであろう。
以前の日記でも書いたが、笑顔とは他者を前提とした、文化的な反応なのである。姪は、どんどん知性生物になっていく。
○本日の、全国の新規感染者数は、二八三六人(前週比+四一人)。
そのうち、東京は、六六四人(前週比+六九人)。
月曜日から、この項目の比較方法を、「前日」から「前週」に変えた。すると、その比較は、五日連続で増加ということになった。確実に、国内の感染者数は増加している。ぼくも、下品ラビットも、母うさぎも、いよいよ感染者となっておかしくない状況になってきた。
引用・参考文献
イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/)
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