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コロナ渦不染日記 #79

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十二月五日(土)

 ○十時間働いた翌日は、たっぷりと眠って、起きるのが遅い。

 ○ビル・シンケビッチ他『ニュー・ミュータンツ:デーモンベア』を読む。

「X-MEN」の兄弟分、若手ミュータント集団「ニュー・ミュータンツ」メンバーのひとりである「ダニ・ムーンスター」をつけ狙う、超自然のクマ「デーモンベア」をあつかった作品集である。二〇一八年に制作が開始され、映画シリーズの配給元が移ったり、新型コロナウィルスの世界的流行などのために、ついに今年八月まで公開されたなかった、「X-MEN」の映画シリーズ第十三弾『ニュー・ミュータンツ』の公開にあわせて、刊行される予定だったものだ(本邦での公開はまだなされていない)。

 それは、『~デーモンベア』が、この映画の原作であるからだが、「若いミュータント軍団が、仲間の危機に団結する」という、原作のストーリーは、面白くはあるものの、そこまで特別なものではない。特別なのは、ビル・シンケビッチのアートワークである。アメリカンコミックの絵柄としては、リアルよりの画風だが、そこから一歩ふみ出して、アート方面に舵を切っている。

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 物語のツイスト(ひねり)として、「ダニの、仮象を具現化する能力につけ込んだ、『自然を蹂躙する人間への憎悪』の化身が、超自然のクマになったのであり、実は襲われているダニじしんが、デーモンベアの発生源であった」という展開があるのだが、それを示唆する、上記の扉絵などは、ビル・シンケビッチの天才をあらわす、素晴らしい一枚である。

 ○ゲーテ『ゲーテ格言集』を読む。

 ゲーテという人は、教養人であり、たぐいまれな詩人であるとともに、さまざまなことを経験した人間である。傑作『ファウスト』を完成させたのは、彼が八十二歳の最晩年であるが、一七〇〇年代に生まれて、この年まで生きたということは、現代におなじくらい生きたのとは異なる、厚みのある経験をしていることを表している。そんな彼の、人生の端々に語られたことばを、箴言として切り取ったのが、この一冊である。ぼくたちはこれを、巣穴のトイレに置いている。用を足しながら、たまにぺらぺらとめくる。すると、なんとも心引かれる一節に出会うのである。

感覚は欺かない。判断が欺くのだ。

――ゲーテ『ゲーテ格言集』より。
メルクは言った。「君の努力、君の変更し難い方向は、現実のものに詩的な形を与えることだ。他の人々はいわゆる詩的なもの空想的なものを現実化しようと試みるが、それによってできるものは愚劣なものに過ぎない。」

――ゲーテ『ゲーテ格言集』より。

 特に、「自我と自由と節度について」の章には、この「不染日記」にふさわしい金言ばかりが見つけられる。

何人も他の者と等しくあるな。だが、みな最高のものに等しくあれ。
どうしたら、それができるか。みなめいめい自己の内部で完成されてあれ。

――ゲーテ『ゲーテ格言集』より。
個人は何ものかに達するためには、自己を諦めなければならないということを、誰も理解しない。

――ゲーテ『ゲーテ格言集』より。
すべての人間が、自由を得るや、その欠点を発揮する。強い者は度を超え、弱い者は怠ける。

――ゲーテ『ゲーテ格言集』より。
豊かさは節度の中にだけある。

――ゲーテ『ゲーテ格言集』より。

 ぼくがいちばん好きなのは、以下の箴言である。

孤独はよいものです。自分自身と平和のうちに生き、何かなすべきしっかりしたことがあれば。

――ゲーテ『ゲーテ格言集』より。


 ○幼なじみから、ひさびさに連絡があり、なにかと思えば、ご母堂が亡くなられたとのこと。
 彼女とぼくとは、物心つく前からの知己である。物心つくかつかないかのころには、共働きの両親がいないあいだ、ぼくと妹うさぎは、彼女の家で面倒を見てもらっていた。そのときには、彼女の祖母と、ご母堂がぼくたちを見守っていてくれた。
 だから、そのご母堂と、ぼくの母も知己であった。ママ友というやつである。ぼくと幼なじみの行く道は、小学校の門を出たところで分かれてしまったが、ぼくの母とご母堂は、年をとってからできて友人の常として、折に触れて接点を欠かさずにいた。ご母堂は、ぼくの母よりふたつ、年上である。
 そのご母堂が亡くなった、ということには、なんともいいがたい寂しさがある。幼なじみとの距離が離れてしまったことを、もう、あの小さな世界のすべてがおおきく見えた日々が、遠くはるかなかなたに過ぎ去ってしまったことを、そして、それらは二度と戻らないことを、はっきりと感じさせるからである。
 ぼくがご母堂に最後に会ったのは、二年ほど前のことである。地元の駅前で、ご尊父と一緒に歩いているところに、ぐうぜん行きあった。「まあまあ、立派になって……」と、おおきな目をきらきらさせて、微笑んでおられたのが、なんとなく面はゆく、お礼もそこそこに立ち去ったのであった。

 ○なんとなく、夜は、ぼくが豚キムチを作って食べる。相棒の下品ラビットがビールを買ってきた。

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 ○本日の、全国の新規感染者数は、二五〇七人(前日比+六二人)。
 そのうち、東京は、五八四人(前日比+一三五人)。


十二月六日(日)

 ○映画『ボーダー 二つの世界』を見る。

 原作を書いたヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト氏は、傑作ヴァンパイア映画『ぼくのエリ 二〇〇歳の少女』の原作である、小説『モールス』の作者である。エロとグロをもちいながら、世界の残酷さと、寄る辺ない人間のさみしさと、さみしい人間どうしのつながりが生む一瞬のきらめきを語って、出色のストーリーテリングであった。ハリウッドで再映画化されもしたが、作者の故郷スウェーデンを舞台にした、『ぼくのエリ』の、雪に閉ざされた世界の絶望の白さが、強く記憶に残った。
『ボーダー』でも、舞台はスウェーデンであるが、『ぼくのエリ』がヴァンパイアをあつかっていたように、今作でもある、超自然の存在が、モチーフのひとつとして登場する。しかし、『ぼくのエリ』で、ヴァンパイアが「寄る辺ないこども」というテーマと有機的につながっていたように、今作でも、モチーフのひとつとなる超自然の存在は、「寄る辺なく生きる人々」というテーマと有機的につながっている。その超自然的存在が行うという、ある行為が、残酷な世界に生まれ、そこで生きなければならないことの象徴として、映像で語られる、具体的なものの背後に、おぼろに浮かび上がってくるのである。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、二〇二五人(前日比-四八三人)。
 そのうち、東京は、三二七人(前日比-二五七人)。

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→「#80 大激変」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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