コロナ渦不染日記 #108
三月八日(月)
○今朝の体温は三六・〇度。
○同僚相集ってのミーティングであったが、年度末、そして新年度にむけての体制が、はなはだ疑問ののこる仕儀であったれば、なんとなく不信感のようなものが芽生えてならない。
そもそも、ぼくたちの現場は、取引先の情報開示がおそすぎて、身動きのとりづらいところがある。かててくわえて、チームリーダーの動きも拙速ときた。こちらに動きをうながして、こちらの知りたいことは雑に伝え、こちらが悩むところは丸投げし、頼りにならぬことはなはだしい。そこへきての、年度末のごたごたで、もともとキャパシティのすくないところへ、取引先がどんとおおきな問題がおっかぶせてくるので、リーダー本人が処理しきれなくなっているのである。「なにかわからないことがありますか?」と問うてくれるだけましかと思う反面、だれも具体的な質問をしないところには、ぼく同様に「こちらが知りたいことをあなたが教えてくれるとは思われない、なので聞いてもしょうがない」という気持ちがあるのではないか、と勘ぐってしまうほどである。
○本日の、全国の新規感染者数は、六〇〇人(前週比-九七人)。
そのうち、東京は、一一六人(前週比-五人)。
三月九日(火)
○朝、明るくなるのがどんどん早くなっていくのを感じる。
今朝の体温は三六・二度。
○田口俊樹氏の翻訳エッセイ『日々翻訳ざんげ』を注文する。
田口俊樹氏は、ミステリやハードボイルドなどのエンタメ小説の翻訳者として、つとに有名であるが、ぼくは、かのボストン・テランのデビュー作『神は銃弾』の翻訳者として記憶している。というより、『神は銃弾』を読んで、こんなにも面白い小説を、こんなにも面白く翻訳したのはどんな人だろうと気になって、その名前を意識するようになった。もちろん、これまでも、浅倉久志氏や黒丸尚氏といった、意識しながら本を選んだ翻訳家はいた。その、ぼくの翻訳家の殿堂に、あらたなチャンピオンがくわわったのである。
その後、おなじくボストン・テランの『死者を侮るなかれ』、『凶器の貴公子』と読みすすめて、ボストン・テランもすごいが、この翻訳者もすごいなと思わされ続けた。それほどに、面白い日本語の文章になっていたのだ。だから、田口氏が、夭逝したロジャー・ホッブスの大傑作『ゴーストマン――時限紙幣』を訳したと聞けば、すぐさま手に取ったものである。
決定的だったのは、ジェームズ・M・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を訳されたことである。かの作品が、新潮文庫の古典作品新訳シリーズのラインナップにのったちょうどそのころ、ぼくは、おなじ作者の『殺人保険』(ビリー・ワイルダー監督の映画『深夜の告白』の原作である)を読んでいたので、喜びいさんで手に取ったのである。そうしたら、この田口氏訳が、すこぶるエモーショナルだった事にくわえて、『殺人保険』のラストと『郵便配達は~』のラストがおなじものであったことに気づかされた次第であった。
その田口氏が、エンタメ翻訳にたずさわられたあいだの思い出を語るエッセイとなれば、翻訳を趣味のひとつとするうさぎとしては、かじってみたくなるのであった。
○本日の、全国の新規感染者数は、一一二七人(前週比+二四〇人)。
そのうち、東京は、二九〇人(前週比+五八人)。
三月十日(水)
○今朝の体温は三六・〇度。
○仕事がとにかく忙しくなり、頭がばかになりかけている。仕事以外のことが考えられないほどだ。
だが、これは、余裕のない、つまらないことだと思う。まったくうれしくない。この日記では、たびたび書いていることだが、ぼくたちは仕事などのために生きているわけではないのである。ぼくたちのために仕事があるのだ。そんな程度のもののために、苦しむのは間違っている。
○本日の、全国の新規感染者数は、一三一三人(前週比+七一人)。
そのうち、東京は、三四〇人(前週比+二四人)。
三月十一日(木)
○今朝の体温は三六・〇度。
○帰宅して、どうにもやる気がしないので、小池一夫・小島剛夕『子連れ狼』を最後まで読む。
「個」が「衆」に飲み込まれ、「多」であるところの「他」の足下に「個」がすりつぶされんとする「世間」に生きて、なお「個」であらんとするものは、すべからく冥府魔道を行くものである。「多」の猛火の川と、「他」の洪水の川のあいだ、二川白道を行くものである。「衆」から見た六道の死生順逆を行くものである。
『子連れ狼』は、ぼくにとって、そういう物語である。
○本日の、全国の新規感染者数は、一三一七人(前週比+一四八人)。
そのうち、東京は、三三五人(前週比+五六人)。
三月十二日(金)
○朝起きて、メガネをかけて布団を出て、洗面所で顔を洗おうとしたら、メガネがびしょ濡れになった。メガネをしたまま、顔を洗おうとしたのだ。
今朝の体温は三六・一度。
○年末に中古で購入した、ThinkpadのX1 Carbonが、USB-Cで接続するタイプなのだけど、thunderboltのファームウェアアップグレードが必要と表示されたので、そのとおりにやってみたつもりだったが、どこをどう間違えたのか、充電ができなくなってしまった。
いろいろ試してみたのだけど、どうやら充電が切れてしまった状態ではBIOSにアクセスできないようで、画面タッチ可能な高機能ノートパソコンは、もの言わぬ月面のモノリスと化してしまった。
……結局、いま、この日記は、かつての愛機であるThinkpad X230で書いている。CPUこそ何世代も前の型落ちであるが、メモリを16GBまで増設しているので、あんがいスムーズに動くのである。やはり名器である。
○本日の、全国の新規感染者数は、一二七一人(前週比+一二二人)。
そのうち、東京は、三〇四人(前週比+三人)。
新規感染者が、四日連続で増加傾向にある。
引用・参考文献
イラスト
「ダ鳥獣ギ画」(https://chojugiga.com/)