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伝導師

僕は遠く離れた異郷で
端の見えないほど大きな湖を前に
民家から離れてひとり佇んでいた
空はいつも通りよく晴れていて
湖は広くゆらりと太陽の光を反射していた
僕は岩礁に横たわり
そこの広大で変わらない時間を楽しんだ
すると湖の水平線の向こう
もくもくと不自然な煙が上がった

なんだろう 船だろうか
しかしこの辺の村には手漕ぎボートしかないようだが
少し好奇心を持ってぼんやりと見ていた
煙はだんだんと激しくなっていった
近づいてきているようだ
起き上がってメガネをかけ
よく見てみることにした
すると煙の真ん中には
人の姿らしいものが見える
僕はそのままじっと見て
それがなんだかたしかめることにした

それはどんどん近づいてきた
人が水上を歩いているのだ
足は神殿の柱のような金属の管で
そこから蒸気を出して浮いていたのだ
僕はそれに見とれてしまった
やがてその顔が見えるようになった
むっつりとどこを見るのでもなく下を向いて
その顔は金属でできているように
黒光りした陰影を放っていた
どこを目指しているのだろうか
いったいあいつはなんなのだろう
空はあつい雲がもくもくと出来始め
その間から太陽の光が何本も直線に湖に落ちる
たぶんこっちには来ない
このまま行く先を見てやろう

その物体はうつろで無表情だった
その体は体から煙が出ているというより
煙そのものが体だった
その下にはよく磨かれた金属の管が2本伸びていた
もうその物体は間近まで来ている
この時だったらまだ逃げることが出来ただろう
しかしこの時は好奇心と恐怖で立ち上がれなかった
ただ目の前を通り過ぎていくことを願った
その物体の黒光りする頭は
微笑むこともせず
そのまま無表情にこっちへやって来て
そしてついに僕の目の前で止まってしまった

僕は何も言えなかった
石を投げることもできなかった
ただ口を開けその物体を見ていた
その物体は僕を見るのでもなく
ただうつむいてこっちを向いていた
煙はもくもくと立ち上がっていた
するとその物体は一冊の分厚い本を取り出し
僕の目の前に差し出した
よく見るとそれは聖書だった
僕は聖書は持っているし
キリスト教徒でもないのでいらないと言った

するとその物体の影は
その空間を吸い込むように
深く黒くなり
表情を変えず
僕の顔の間近まで聖書を持っていった
何が起こるのかと思っていると
突然その物体のもう一方の手が
僕の頭をつかみ
聖書を口の中に押し込んできたのだ

僕は必死になって聖書をつかみ
口のの中に入れさせまいとした
しかしそいつの力は強く
微笑みに変わった奴の表情は黒光りした
僕は口が裂け喉が裂け食道が裂けて苦しみ悶えた
いったいそれが何の福音を与えている
という顔になるのか
そして聖書はぐいぐいと僕の中に入り
最後まで入りきってしまった

目の前の景色がだんだん変わりはじめた
僕は一瞬パリに行き
また一瞬ローマに行き
また一瞬セントラルパークに行った
僕は聖書を完全に飲みつくした
そしたらまわりは真っ暗闇につつまれた

ここはどこだろう
まわりはまったく見えない
足元には草が生えているようなので
平原のようだ
遠くの方にひとつ明かりが見えた
それに向かって走って行った
近づいてみるとそれは焚き火で
そのまわりをインディアン達が
まぼろしのように踊っていた
インディアンの一人がこっちを見て
ぱっくり口を開け
仲間の一人の肩をたたき
その様子を見たもう一人も
こっちを見て顔を引きつらせた
いつのまにか僕は足が宙に浮いていることに気づいた
そのまま僕はインディアン達に近づいて行った
インディアン達は何も出来ずにそこにとどまっていた

僕はインディアンの目の前まで来た
そしてどこからか大乗仏典を取り出した
おびえるインディアンのひとりの開いた口に向けて
その大乗仏典を押し込んだのだ
仲間の二人は泣き出した
そのうち一人は必死に頼むからやめてくれと叫んでいた
僕はかまわず目を皿のようにしたインディアンに大乗仏典を押し込んだ
仏典を飲み込んだインディアンは倒れ
白いツルツルの密教の仏像に変わり
目的をみつけたかのように
足を組んだまま飛んでいって
他の二人はそれぞれオオカミとコヨーテに変身して
あとを追いかけた
すると僕はその宙に浮いた無い足場の下に
急速に落下していった

落下するとゴトンと硬いものの上に落ちた
落ちたところは手のひらの形をしていた
見上げると巨大な顔がある
ここは千メートルはあろうかというマリア像の手のひらだった
しばらくここにいたが
こんな不気味なところにいてどうするというのだろうか
一生こんなところにいるのか
僕は意を決してそこから飛び降りた

さらにさらに落下していった
どこまで続くのだろうか
横を向くと銀河のような大きさの曼荼羅があった
落下は加速していったが
その模様の一部分を過ぎるのに
何ヶ月も時間がかかった
それがとても憂鬱だった
そして、何年、何十年、何万年
いったいいつになったら終る?
勘弁してくれ
いったいいつになったら終るんだ!!!!

意識が大気圏に突入した隕石のように分散していった
そして僕は漸近線のように限りなくゼロになっていた
そして燃え尽きた灰のようになった時思い出した
ここまでのことは日本を出る晩に見た夢で暗示されていたこと
これを導いた創始者に伝えなくてはならない
創始者には写真も像もない
きっとやさしく包容力にあふれている
創始者は今まで見たもの達のように
時間におきざりにされてうつろになることはない
永遠に輝き続ける
そう思った時落下先には人の姿が見えた
もうすぐ会える
全てが終る

人の姿がだんだん近づいてきた
だんだん顔が見えてきた
もうすぐだ早く
早く終れ
するといきなり茶色の煤けた顔がはっきりと見えた
その目は憑りつかれたように狂った目をした婆の顔だった
ぎょっとして顔を離す
するとここは僕の家だった
煤けた婆の顔は像だった
台座には「創始者」と書いてある
創始者の像と法衣と直筆経典と絵4点セット
3550万円500回払い
なんでこんなものをローンで買って
しかも家でにらめっこしてなければいけないのか
親はなんと言うだろうか
終ったと思った時僕は最悪な状況にいた
どうしようどうしようと家の中をうろついて
とにかくこんなものは置いておけないので捨てることにした
玄関を開けて外に出ると
外は細い道なのにもかかわらず創始者を讃える者達が行列を作っている
老人から子供まで行進していた
彼らにとってはこの像は門外不出の神聖なもの
捨てようとしていた像をそそくさと玄関のドアで隠した
しかしここは狭い道のはずなのに行列は果てが見えないまで続いている
その時風のようなものが頭から背中に抜けていった
どんよりとした曇り空の下
その瞬間果てが見えない行列の先にあるものを感じ得た
それは間近にある創始者の像のように忌まわしくばかばかしいものでもあり
遙か彼方の恋人を想う切なさでもあった
その行列には自分が透明な言葉としてあると信じていた若者達も
やがて加わっていった
雨がふってきた
湿っぽい行列の空気に取り留めのない会話が流れ
額縁に入った白黒写真の人の営みが
全身から感じて愛おしく感じる
そして写真の人物の影
今は印画紙に黒く塗りつぶされた影は
この行列の先の方にいる人の影に次第に潜んでいき
無差別に行列の人々を襲う魔物だった
だから先の方の人々は見えなくなっていく
僕にはこの行列の先は今は見えない
しかしそこはやってきたところ
いつの日か戻っていくところ
言葉を書けばグロテスクで猥褻で
言葉を言えば当たり前のようにある


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