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連載小説『八百万かみさま列車、たゆたう』第6話
夜の天に月が光る。八百万かみさま列車は月明かりに照らされた雲海の上を走っている。
月讀尊(ツクヨミノミコト)さまは月を司る神さま。「世の中が寝静まる頃、俺の一日がはじまる」と、新宿の食堂のマスターと同じことを言霊にのせて夜活を開始する。主なお仕事は二十四節気・七十二候を題材に和歌を詠みSNSで発信すること。
雪の朝 わずかに朝日 雲間から ふりかえりみれば 天に虹橋
暦をこよなく愛する神さまなのだ。海、湖、川などの水面に反射する光が好きで、特に満月の川を眺めることが至上の喜び。ウッドベースをたしなみ、よくムーンリバーを奏でている。弦が奏でる低音が身体の中に積み重なっていく。
お隣の部屋でツキヨミさまのウッドベースをうっとりと聴いているのはイナバの白うさぎのうさちゃん。欧州の豪華寝台列車のようなコネクティングルームで繋がっているのだ。
今日は一月十一日。お正月に歳神さまにお供えした鏡餅をいただく鏡開きの日。お餅は包丁で切らずに小槌や手で割って開いていただく。言霊大事。うさちゃんはお餅が大好き。よく杵と臼でお餅をついている。あずきも電子圧力鍋で同時に作る。一晩寝かすと味が染み込むと言うが、うさちゃんはできたての熱々のあずきを、つきたてのお餅にかけていただくのが好き。さらにきな粉、シナモンパウダー、黒蜜をかけるとスペシャルあずき餅のできあがり。先ほどお世話になっている大国主さまからかりてきた小槌で鏡餅を開いたところ。福徳も一緒にいただけるから一石二鳥。できたてをツキヨミさまにもおすそわけ。一緒にお月さまを愛でながら仲良く頂いている。
「今日も美しい満月が出ているね、うさちゃん」
「ええ、とても綺麗なお月さまですね。あたしは時々行っているんですのよ」
「ははは、知っているよ。君の大好きなお餅をついている姿がよく見えているよ」
「あら、見られてました?だってお餅が大好きなんですもの。今度はヨモギを入れて草餅をつくりますね」
「あぁ草餅も美味しいね。大好物だよ。今度お礼にくるみゆべしを作りましょう」
「あら、ツクヨミさまのくるみゆべし大好きなの。嬉しいわ。でも作るの大変じゃない?」
「今はね電子レンジで十五分もあればできるんだよ。便利な時代になったよ。材料も上新粉と黒糖と胡桃だけだしね。今度はミックスドライフルーツを入れてみようとおもうんだ」
「あら美味しそう!栗も入れたら美味しいかも」
「お!いいね!今度やってみよう」
名月とお餅と和菓子を愛するツクヨミさまとうさちゃんの深夜のお茶会はつづくのだった。
*
令和七年に記録的な豪雪となっている東北地方上空を列車は走る。天の花が次々と地上に積み重なっていく。屋根の雪はずっしり積み重なり約1m。断面はミルフィール状態。天の剣となっている大きな氷柱(つらら)は危ないので、なるべく安全に下に落とすべし。毎日の雪の日課が増えていく人間界なのであった。
凍って雪の結晶柄になっている窓ガラス越しに外を眺めながら、高龗神(タカオカミノカミ)さまと闇龗神(クラオカミノカミ)さまが味噌煮込みうどんを食べながらお話しをされている。
「毎朝起きると三十センチは積もっているから雪かきが一苦労ね」
「昨冬は暖冬だったからよけいに今年がキツイわね」
「冬の雪は春からの農作物に良いからホントは善いものなのだけど、ここまで多いとね。。」
「ほんとごめんなさい。人間さん。もうしばらく辛抱してちょうだい。。」
「ほんとね。水は実態を持つとこんなに空間を支配するものなのね」
「そうね、液体と個体でこんなに変わるのは水特有よね」
「そういえば、冬籠もりって言葉があるのよ。古代からね」
「雪国特有の風習よね。実際問題、家から外に出られなくなるという意味じゃなくてね。自然界でも動物が冬眠するものね」
「そうよ。精神的な冬籠もりは、人間の魂が神聖な霊力が宿って再生するためのものよ。だからこそ春が待ち遠しくて、春になるとお祝いをするのよね。」
「実際問題、生活に支障がなければ、おこもり生活、私は好きだわ」
「そうね、コロナ禍でおこもり生活はうんざりっていう人と、むしろ好きって人がいたからね。あたしも後者のほうだわ。ひとりの時間が大事派なの」
「わかるわ~。時々外に出ることができれば、普段は家に居るって最高の贅沢よね」
「えぇ、今は電子書籍で本も漫画も雑誌も読めるし、ネット上に巨大な百科事典があるから知りたいことがすぐにわかるしね。今、図書館でも電子で本が借りられるものがあるのよ。驚愕よ。昭和の時代は図書館に行かなきゃわからなかったことが今はあっという間にわかるからね。ホント感謝しかないわ!」
「そうね。働き方改革で在宅を選べる人も増えて、精神的に安堵している人もいるわよね。そして時代が激しく移り変わっていくから、今年が正念場みたいね。耐え忍ぶしかないみたいね」
「えぇ、その先に絶対に在る、希望、を忘れずに日々過ごしてほしいわ」
「ほんとに。健やかに健やかにね」
つづく…