第18章 社畜って哀しいね。だってみんな優しい。
私とフリーザ(最高級のキャバ嬢)の高貴すぎる時間を無惨に奪い去った黒人(付き人の男性)。
私はその場の空気に耐えきれず、洗い場の奥に逃げ込みました。
ハイライトを口に咥え、火をつけました。
辛めの口当たり。
肺に流れ込む重厚感たっぷりの煙。
"労働者階級のタバコ"を肺全体で感じました。
「クヨクヨしてても何も変わらへん。切り替えよ」
私は清潔で健やかな花王のような人間なので、落ちた気持ちをグッと抑え切り替えました。
あんなに可愛くて愛想も抜群のキャバ嬢と喋れるなんて、これからの人生でまずないでしょう。
それを勤務中で、給料を貰いながら体験できる事に心から感謝の気持ちを持ちました。
(※実際は、クソみたいな付き人に至高の時間を奪われた挙句、この後に待ち受けている地獄のような労働に吐き気が止まらず、ただただ糞尿を垂れ流すだけの社畜)
フィルターまできっちりハイライトを吸い、吸殻が溢れた灰皿に捨てました。
あと数時間で終わる。
ロボットのように淡々と作業をこなすだけ。
フリーザも付き人も関係ない。
飲む、運ぶ、脱ぐだけだ。
そう自分に言い聞かし、席に向かって歩き出した途端、店内の明かりが一瞬にして暗くなりました。
停電か?と思いましたが、雨も雷もなかったので、違いました。
何かわからないままざわめく店内。
当店の従業員は皆、何も言わずに私の方に向かって歩いてきました。
「おい、ドンペリのピンク持ってこい」
"だんじり男"Hさんからの指示で私は奥に向かいました。
冷蔵庫の奥からドンペリピンクを引きずり出した時、店内に明かりが灯されたことに気づきました。
照らされたのはショー舞台の上。
その中央に聳え立つ人物は付き人の男性(黒人)。
片手に花束を持ち、少し俯き加減で立っていました。
ピーピーと指笛を鳴らす客たち。
拍手する従業員。
ドンペリを持ちながらキョトンとする貧困大学生。
異常とも言える店内で一番貧困ながら、まともな人間は私だけでしたので、この状況を飲み込めないでいました。
「〜ちゃん。ちょっと前出てきてもろていいですか?」
付き人の男性(黒人)は、誰かわからない女性の名を呼びました。
ライトの光を浴びたのはフリーザ様。
彼女は不思議そうな目をチラチラと向け、とても慌てたように立ち上がってすぐに、ステージに向けて歩き出しました。
「〜ちゃん、前から好きでした。付き合ってください!!」
付き人の男性(心の中も真っ黒のほぼ黒人)は、頭を下げて花束をフリーザ様に渡しました。
僕はこの吉本新喜劇より滑稽な舞台を見て笑いを堪えるのに必死でした。
キャバ嬢が客と付き合うなど御法度。
他店舗のスタッフがいる中なら、なおさら首を縦に振るはずがない。
「アホで無知な黒人男性よ。数十万円払い続けて、"彼女・彼氏ごっこ"だけしとけばよかったのになぁ!!」
と心の中では大爆笑をしていた私は、笑いを堪えるのに必死でした。
滑稽すぎて、無知すぎて、付き人の男性の正装がまたMr.オクレ師匠に見えて腹が痛くなりました。
(※Mr.オクレは新喜劇の重鎮で、島田一之介の大親友)
「はい。御願いします!」
フリーザ様はとびきりの笑顔を付き人の男性(黒人)に向けた後、差し出された花束を丁寧に受け取りました。
私は持っているドンペリのピンクを落としかけました。
なぜ?なぜフリーザ様はこんな"禁忌"を犯してまで、付き人の男性と結ばれる運命を選んだの?
店は?仕事は?他の客への説明は?どうするの?全て何もかもどうするの?明日は?明後日の人生は?なんなの?
ワクワクさんの付き人(ゴロリという5歳の熊)のように疑問だらけの脳内に戸惑う私。
(※ゴロリという5歳の熊は、ワクワクさんの言うことをあまり聞かないが、ワクワクさんとの工作勝負では毎回勝つ。背番号5の服を毎回着ている天才)
「おいこらぁ!ドンペリ持ってこいや!!」
"だんじり男"Hさんの怒号で我に返り、ドンペリを席に届けました。
「まぁ、幸せなってくれたら何より!!」
私は清潔で健やかな花王の様な人間なので、何よりも他人の幸せを願い、自分の感情はすぐに捨て去りました。
(※実際は、付き人の男性が無一文になり死んで欲しいという想いとフリーザ様と2度と会いたくないという未練垂れ流しの貧乏金なしボンクラ)
社畜って哀しい生き物です。
会社の利益を追求する為に己の感情など平気で押さえつけるんだから。
働いて、傷つけられても、かばう相手も励ましてくれる相手もいないまま、ただ酒と哀しみを先まで運んでいくんだから。
続.....
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