第六章 戦を終えた兵士は灰のように静かに眠る
北新地の空に赤マルとエコーの香りを残しながら、店内へと足を進める私とJさん。
御堂筋のように真っ直ぐ歩く私と対極にJさんの足取りは、京都から琵琶湖へと抜ける山中越えを彷彿させるグニャグニャと奇妙な千鳥ルートで進んでいました。
(※山中越えはかつて走り屋達を熱狂させ、当時最強と言われたLHというオービスを導入させるに至った)
店内に帰るとグループ最強の喧嘩師KNさんがコーヒー牛乳を飲み、横には北新地には不似合いな至ってシンプルかつラフな服装の美女が。
(※KNさんはホスト時代に酔っ払って店の前に駐車していた真っ黒のフルスモークのベンツをボッコボコに殴る蹴るしたので、酒禁止になりました)
その横ではハーブ好きのNさんがIさんと飲酒。特攻隊のKさんも同席。
(※IさんはNさんが大好き。酒がアホほど強いですが、"そこどけそこどけ生野が通る"で有名な生野区出身なので、非常に獰猛で噛み付く牙は天下一)
奥の席ではだんじり男Hさんが交際中の彼女が連れてきた客と談笑。
(※Hさんは酒が強く、だんじりの寄り合いで数々の酒豪を"返盃"という一騎討ちで撃破した酒王騎)
Jさんの首に鎌を無慈悲に振り落としたDJ兼運転手H Rさんは、DJブースでネットサーフィン。
それぞれの戦場で戦う兵士達。
心身共にボロボロになったJさんを庇うように、それぞれの席を盛り上げます。
Jさんの携帯が鳴りました。
どうやら向かいの店に来た客に呼び出されたようです。
(※向かいの店は系列店。5人くらいしか入れない鬼狭いバー)
Jさんは店から駆け足で向かいの店に走って行きました。
その後は特に波乱もなく、グラスが飛び交うような紛争もなく、ただただ平和に、それぞれが自分の許容範囲で飲酒するスイスのように平和でのどかな時間が流れました。
私はお皿洗いをする健全な大学生なので、飲み終わったグラスを丁寧に洗い棚に収納していました。
(※実際は咥えタバコで口紅がついた最低限の部分だけ洗い、無造作に棚に入れる明るい未来を前世に忘れてきた中学7年生男子)
客も帰り、レジの精算も終了。
戦士達はタバコをふかし、携帯を触り、時にうたた寝しつつ終戦へと向かっていました。
Jさんだけがその場にいませんでした。
Hさんが系列店に連絡したところ、10分ほど前に店を出たとのこと。
特攻隊のKさん、唐獅子牡丹Nさんと3人で向かいの店に向かいます。
店は3階なので、エレベーターのボタンを押しました。
「生きてんのかなあいつ。」
特攻隊のKさんはJさんを心配しています。
私の心の中は明日の授業のみ。
数時間後に迫った授業への出席が何よりのミッション。
Jさんが生きていようがいまいが、南海電車に乗ってどうにか這いつくばってでも登校すること。
(※南海電車は南大阪と市内を結ぶ大阪私鉄の中でも屈指の治安悪悪電車。ミニスカートのブスが多い)
しかし、いつになってもエレベーターは三階で止まったまま。
「いつまで送りやっとんねん殺すぞ」
痺れを切らした我々は階段で上に向かいます。
階段を登ると一番奥に店があります。
しかし、階段から店までの廊下にだれ1人いないどころか、全店すでに閉店していました。
「あっれーおっかしーなー」
と思ったその時。
エレベーターの中から生暖かそうな手が伸びていることに気づきました。
エレベーターに駆けつけると、そこには男性の姿が。
男性はうつ伏せのままでした。
体内の時限爆弾はすでに破裂しているにも関わらず、飲み続けた結果。
最後のHPを0になるまで戦った兵士。
真っ赤に、真っ赤に燃え尽きて灰になった北新地の兵士。
男性は紛れもなくJさんそのものでした。
店内から出てエレベーターに乗った後力尽きて倒れたのでしょう。
一階のボタンがウルトラマンのカラータイマーのように光っていました。
エレベーターの扉が無慈悲にJさんの頭をぶつけてはまた開き、ぶつけてはまた開く光景。
泥酔したJさんを店まで連れて行った時、時計の針は午前6時を少しすぎたあたりにいました。
私はやけに硬いタイムカードを切り、外に出ました。
外は雨上がりのジメッとした空が広がり、湿気が顔の肌を舐めるかのようにまとわりつきました。
店の近くの花壇に腰掛け、私は崇高なタバコエコーをポケットから出し一本抜き取りました。
スピリタス、Aちゃんの去り際のぎこちない笑顔、エレベーターで息絶えたJさん。
走馬灯のように頭を駆け巡るそれぞれの情景。
気付くとエコーは根元まで燃え、挟んだ指先にタバコの熱気がチカチカと伝わってきました。
私はタバコを濡れた地面で消し、ゴミ箱へ乱暴に放り込みました。
南海電車へとテクテクと歩き始めました。
帰り際の北新地は、メッキが剥がれたかのように安っぽく、醜く見えました。
続--
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