第五章 愛はユンボより重く、気の抜けたシャンパンより味気ない
チクタク、チクタクとJさんのアルコール爆弾は確実に彼の体内を蝕み、意識を遠い別世界へと誘って行きます。
Jさんは奥の灰皿の前に置かれた空き瓶ケースに腰掛け、買ったばかりの赤マルに火をつけました。
「まだ序盤やのに酔うてもうたわ。」
"死神が振り下ろした鎌"、"アルコール時限爆弾"。
私は歯の裏まで出かかった言葉を吐き気を催しながらも胃の中に逆戻りさせました。
私は清潔で健やかな花王のような人間なので、大きめのグラスに水をたっぷり注ぎ、Jさんに渡しました。
(※実際はヘドロの中で育ったゴキブリ同等もしくはそれ以下に不潔な人間)
そこから、Jさんと乾杯だけしに来たという客がチョロチョロと残尿のように現れ、客単価は低いもののそれなりの収益を上げていきました。
時刻は3時すぎ。
丑三つ時を通り越し、北新地の町も客層がごろっと変わって行きます。
6人の戦士たちはそれぞれの客を連れてポツポツと店内にいました。
足音と共に現れたのはAちゃん。
Jさんを推している女性。
野呂佳代を少し痩せさせて、顔面に数発ストレートを打ち込んだような見た目。
普段はカロリという酎ハイばかりしか飲みませんが、毎回7ー8万支払う小口ながらの優良客。
彼女の職業は風俗。
出稼ぎと行って地方巡業を行った後、来店されたとのこと。
Jさんはふらつく足でAちゃんの席につきました。
体内の爆弾は破裂寸前です。
「今日はシャンパン行くわ」
Aちゃんはバースデーに賭けてきたのです。
「ありがとうございまぁぁす!」
私はお客様からのご注文だけが生きがいの模範的な仕事人間なので、大声でシャンパンを運びます。
(※実際は、ただ一刻ずつ刻まれる小銭の為にせっせと働く醜い働きアリ)
始まるシャンパンコール。
ピッチャーにパンパンに入った氷。
炭酸を抜く為突っ込む割り箸。
息を飲んで順番を待つ私。
明日は一限から学校です。
もはや通常の状態で登校することは不可。
「もうええわ!シャンパン飲むから2単位だけくれやバカ教授ども」
と腹を括った私。
しかしながら順番を待つ心は処刑待ちの受刑者。
Jさんからピッチャーを渡されました。
彼の目は虚ろで私ではなく遠い世界に目を向けていました。
ピッチャーを手に取り、口に運びます。
下品なコール。
義務教育をしっかり目に受講した私には不快でした。
(※おちんちんみたいな授業を聞くだけの数年を過ごしただけなので、このコールは射精するくらい心地よい)
口に広がる気の抜けたシャンパン。
幼稚園児とディベートするように掴みどころがなく無駄な飲酒。
全て飲み干し、乱暴に机に置きました。
私はJさんとAちゃんの席につき、一緒に飲酒しました。
虚空を眺めたままのJさん、それを見つめるAちゃん。
爆弾はすでに爆発し、恐ろしいほど確実にダメージを与えていました。
「Aちゃん、ありがとうな。わざわざ」
丸坊主のダミ声Jさんが呟きました。
「だって、バースデーやもん。当たり前やん」
恥ずかしさを隠すようにAちゃんは追加で注文したカロリに口をつけます。
「なんかほっこり。もう付き合えや。こいつら。この店にトレンディー感いらんねん。酒、金、暴力もってこいアホンダラ」
人を愛する心をこの数日間で失ってしまった私は、この光景を受け入れる事ができませんでした。
Aちゃんは私にデンモクを要求してきました。
指示通りデンモクを手渡しました。
Aちゃんは慣れた手つきで曲を入れました。
知らない人が歌っている知らないラブソングが始まりました。
(※これは私の偏見ですが、メンヘラ女はオリコンランキング1000位以下どローカルシンガーのユンボより重たいラブソング聴きがち)
私は他人が歌っている知らない歌を聞けない病気なので、聞いてるフリをします。
彼女は歌に意味を込めてJさんに投げかけたのだと思うのですが、爆弾がしっかりと爆発したJさんには、一切何も届かず、ただただ帰ってこないボールを投げ続ける投球練習になっていました。
「何話したかも覚えてへんし、記憶あらへん」
と後に語るほどこの時泥酔していたJさん。
肩にもたれかかるAちゃんのほうなど構わず、呼ばれた別席に駆けつけました。
Aちゃんと私の2人席という奇妙で滑稽で哀しい状況が出来あがりました。
私は百戦錬磨の女ったらしなので
「い、いや、Jさんすぐ帰ってくる思うんですけど、、(てへぺろ)」
とすぐに会話をスタート。
(※実際はpornhubとx videoで英才教育を受けた天才オナニスト)
Aちゃんと私の会話は卒なく続き、チーズバーガーのチーズとピクルスと肉抜きより味も内容もないものになりました。
Aちゃんは携帯をつつきながら、細長いピアニッシモに火をつけ、横目で別席のJさんを見ながら、ため息と共に煙を吐き出しました。
ピアニッシモが半分ほど灰に変わった後、
「チェック。ありがと。楽しかった」
と彼女は言い残し、会計を済ませ店外へ。
Jさんはフラフラになりながら店外までついて行き
「ありがとうな!ほんま!」
と大声でダミ声を北新地に響かせました。
AちゃんはJさんにニコッと微笑みかけ、ハイヒールをコツコツと奏でながら、四ツ橋筋の彼方へ消えて行きました。
「おい、タバコ一本吸おうや」
Jさんに誘われ、私は日本で一番崇高で誇り高いエコーに火をつけました。
Jさんはお気に入りの赤マルをポケットから出し、口に咥えました。
新品だった赤マルは、Jさんの身体と同じようにヘナヘナにくたびれ、吐き出した煙は赤マルの重厚感が嘘のように軽く、気の抜けたシャンパンのようにフラフラと北新地の空に消えて行きました。
続--
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