金塊の重さ
10年前、わたしは香港に行き来していた頃があります。わたしは香港でエネルギッシュで謎に満ちたいくつかの非日常な経験をしてきました。
ある日、すごく美しい女性と一緒になりました。ご婦人と表現するべき不思議な品のある人でした。街歩きするようなデニムにニットというラフなスタイルで、手には不似合いなコンビニのビニール袋を下げているだけでした。ものすごく旅慣れているのだろうと理解していました。
一緒にいた数人とと世間話をしていました。
「香港は金の売り買いが盛んだよね」
「中国では危機に備えて、財産は金や宝石に交換したんだよ。」
「金の延べ棒か・・・わたしルパン三世のアニメでしか見たことないわ。」
そんな世間話をしていたら、その美しいご婦人が、「あらそうなの!みせてあげるよ」コンビニの袋をガソゴソして小さな塊を出してきました。
それは確かに金属の塊ですが、想像していたピカピカの代物ではなく、どんよりした鈍い色をしていました。そもそも金なんてデパートの貴金属売り場のショーケースの中しか見たことがありません。コンビニの袋から出して来るなんて、偽物じゃないのかと疑惑が沸いていました。そこでダメもとで言ってみました。
「わたしは金の塊なんて触ったこともないので、もしよろしければ、それを持たせてもらっていいですか?」
「いいよ」とご婦人は、気さくにわたしの掌に金をのせてくれました。
3,4センチの長方形の塊が、わたし掌に触れた途端、予想もしていなかった重みを感じ、どーんと手が10センチ以上、下がりました。
小さな金ですが、途方もなく重かったのです。
これこそが資産の重みなのでしょう。
わたしは貴重な経験を与えてくれたことに丁重にお礼をいいました。婦人は、にこりと微笑みました。そしてビニール袋に金を入れて「それじゃ売ってくるわー」と街の雑踏に消えて行きました。
それっきりご婦人と会うこともないし、香港での仕事も終わりました。
・・・・・
時は流れて今の香港は、あの頃の香港とは変わってしまいました。エネルギッシュで不思議な人たちと出会った香港に、わたしはもう行くこともないでしょう。
いまでも時どきコンビニのビニール袋を見ると、雑踏に消えていった婦人と、手のひらに感じた金塊の重さを思い出すのです。
・・・・・
若い頃、クリスマスに時期が近づくと他の人が持っているような指輪や、ネックレスや、ブランドバックが欲しくなりました。クリスマスイブも、みなと同じようなデートに出かけます。そして時期が過ぎると、憑き物が落ちたように、どうでも良くなるのです。
あの頃のわたしは、購買欲を掻き立てられるテレビ番組や雑誌を見ては、皆と同じ場所に立ちたいという欲求に踊らされていたようです。バカでした。
もうクリスマスになっても、昔のように欲しくもないものを見栄で欲しいとは思わなくなりました。ようやく歳を重ねて、ようやく独りのクリスマスを楽しめるわたしになったのです。
でも
1つだけ
わたしは金塊が欲しい。
時に人を救い、人を狂わせ争いを招く金塊。
わたしだけが知っているあの重みを、もう一度感じてみたいのです。
そんなことを思う、ちょっとヤバい女になりました。