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「かちわり氷と愛の重さ」ー名無しのふたりー

誕生日プレゼント
長く付き合う彼から、誕生日プレゼントをもらいました。5回目の誕生日プレゼントは、紙袋の中にはリンツのチョコレートがありました。もう一つ雑な包みがありました。なにかしら・・・

彼と私
私たちは、もう若くもないカップルです。誕生日は、生まれてから数えて何十回目になります。お互いに誕生日だと浮かれることもない年齢になっていました。それでも二人の特別な日は、楽しい日でした。これまでの誕生日には、思いつく限りのプレゼントしてもらいまたした。
コロナ禍を過ごししている今は、外出する場所も思いつかず、物欲もしぼんだままでした。

誕生日
彼と過ごす初めての誕生日、彼は最初から自分にプレゼントを選ぶセンスがないことを自覚しているので、私をデパートに連れていき、「好きなものを選べばいいよ。」と言ってくれました。

欲しいものを選べる喜びつつ、彼の負担にならないように気配りし、かつある程度の男性の自尊心を満足させるという、絶妙のバンランスをとれた品物を見つけようと思いました。私は売り場を何度も往復し美しく飾られたショーケースの間を歩きました。彼の退屈が限界になる前に、私は、上品な金のネックレスを選びました。

2回目の誕生日には、金の指輪を選びました。3回目は彼が一生懸命に考えて、シャンパンとヴィタメールのケーキをプレゼントしてくれました。4回目は私の好きな老舗の和菓子をたくさんプレゼントしてくれました。

彼からのプレゼントの美しいアクセサリーを身につけ、美味しそうにスィーツを頬張る姿を、彼は目を細めて眺めてくれました。自分が生まれてきたことを心から幸せに思える時間でした。彼もこの時間に満足していました。

会えない時間
コロナウィルスの流行で、私たちは会うことすら難しくなってきました。それでも2人の誕生日をだけは、会うように努力しました。

彼と出会ってから5回目の私の誕生日が近づいてきました。この5年で、わたしはヒールのある靴を履かなくなりました。コロナウィルスが流行し、マスク生活は化粧もせず、楽な部屋着での生活で過ごすうちに、体型はすっかり緩んだものにしていました。

久しぶりに全身を見た時、鏡の向こうには何歳も余計に歳をかさねた女が立っていました。誤魔化すように身支度をしますが、ここ数年、新しい洋服は1枚も買っていないことに気がつきました。ガラクタのような古びた化粧品を取り出して見ますが、それを前に使ったのg思あいつなのかも出せません。そんなことより私が一番古びていました。これまでになく心が躍らない誕生日のデートでした。

5回目の誕生日
まだまだ残暑が続く私の9月の誕生日プレゼントには、チョコレートが溶けないようにと、1キロの大きなかちわり氷が添えられていました。この重さは彼の思いやりだと言い聞かせながら、チョコレートとかちわり氷の入った大きな紙袋を持ち帰りました。

私は、チョコを冷蔵庫に、少し溶け気味のかちわり氷を冷凍庫の納めました。溶けて少し形の崩れたかちわり氷を見ていると、なぜだか自分のように思えてきました。

哀しい存在
1キロのかちわり氷は思うより冷凍庫の場所を占めました。それに暑い夏が過ぎると、さしたる使い道もない邪魔な存在です。

ふとかちわり氷を処分しようと思い立ち、かちわり氷を流しの上に置いてみました。日差しが氷を溶かし、少しずつ形が変わってきました。かちわり氷を添えてくれた人の愛情を自らで溶かして、この世から消し去るような気持ちになりました。

やはりかちわり氷を処分することはできませんでした。私は、かちわり氷を溶かしては冷凍庫に戻すことを繰り返しながら1週間、また1ヶ月とかちわり氷を延命し続けました。

氷が水にもどる時
気持ちが溶けかけても、その都度、冷凍庫に無理やり場所を見つけて押し込んで、誤魔化しています。かちわり氷は、まるで私です。溶けては、また冷凍庫に戻されるうちに1つの大きな氷の塊になっていました。

そういえば彼と長く会っていません。会えない時間が当たり前になっています。お互いに時間を見つけて会うという努力もしません。そもそもお互い1人で生きていける自立した者同士です。それでも彼の存在が、なくなることを想像することは怖くて出来ない私なのです。

こうして私は、幾度となくかちわり氷の処分を思い立ち、結局、また冷凍庫に戻すことを繰り返すのでした。

新しい季節に
長い冬が終わりに差し掛かり、春ががめぐってきました。
ある朝、私は冷凍庫からかちわり氷を取り出しました。機会的にハサミで袋を切り、かちわり氷をシンクにぶちまけてみました。大きな氷の塊が、音を立てて転がりました。かちわり氷は、1つのゴツゴツとして醜いものになっていました。春の日差しをあびて、溶けていきました。

「水に戻って、もう1度新しい形をつくろう。」

そして私は
やっと彼のアドレスも電話番号もすべて消去しました。


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