【連載小説・第十回】近くて遠い星の在処・10
中学三年生の「僕」は自らを煤けた石ころと呼び、特別な存在になることから逃げ回りながら生きている。
彼はある日、特別な存在である親友の手によって「星の王子様」と再会してしまった。
しかし、僕が彼にキスをしてしまった事により、関係が崩れ、彼は抜け殻となって高校を卒業した僕の前に現れる。
「シュウ、14歳」編・「僕、18歳」編から成る二人の少年が「いつの間にか奪われてしまった自分の星」の在処を探す物語。
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近くて遠い星の在処
「僕・18歳――茜色と綺羅星①」
僕はシュウの手を引き、受付時間ぎりぎりの水族館の券売機からチケット二枚をもぎ取った。
館内は人が帰って行く人ばかりで閑散としていた。
シュウの手首を守るように握り直す。
海の生物たちがおかしな客など構わずに自由に水槽を泳いでいる。
その姿は、僕たちの町しか知らなかったあの頃を思い出す。
「あのさ、おれ……人間じゃないのかな」
シュウは水槽を泳ぐ大きな魚を眺め、羨ましそうに眺めていた。
「シュウは人間になりてぇの?」
彼は俺の質問に不思議そうに首を傾げる。
「わかんねぇや。でも、君もおれのこと……人間じゃないって言ったよな」
「それが」
「あいつらも言ってた」
シュウの何も映さない乾いた瞳を、ざらついた肌を、撫ぜるかのようにブルーが照らす。
あいつらというのは、きっとシュウからすべてを奪っていった――シュウの乗った宇宙船を墜落させたやつら。
彼らはシュウを指して笑っていたのだろうか。
シュウは他の奴らとは違うが、そんな穢らわしいやつらと一緒ではない特別な光を放つ星に愛された王子だというのに。
「怒ってるの?」
そう聞かれ、僕はハッとした。僕はどんな顔をしていたのだろう。メガネを外して眉間を揉んだ。
シュウは恐れというよりも何か違った視線を僕に向けていた。
これ多分、ひと摘みだが好奇心というやつだ。
「どうしてそんな怖い顔してるの?」
そう聞かれ、僕はついそっぽを向いてしまった。
「……俺は人間なんてクソみたいだと思ってるから、お前は違うと思って言った」
「……………」
「お前をそんな風にした奴らはクソみてぇな奴らだ」
「そうなんだ」
「あぁ、死んでほしい」
「…………間違ってんの、俺の方だと思ってた」
「バカじゃねーの? 世の中にはこんだけ人が大勢居んだから、多数派少数派はあっても正しいもクソもねぇんだよ」
柄にもないことを言った。ただの正論だ。つまらない言葉だ。
「シュウの正解は、シュウが決めりゃいい」
「君に決めてほしい」
「断る。それは自分で考えろばーか」
だが、シュウはゆっくりと俺の方を見て一度だけ頷いた。
その横顔の輪郭をなぞるように、光るものが零れ落ちる。涙だ。
枯れ井戸のようだった彼の中に、まだ涙は残っていたのだ。だが――
「……泣いても俺は決めてやれない」
シュウは黙って何度も何度も首を横に振る。涙はぬぐってもぬぐってもあふれ出る。
「ちがう……おれが、おれが決めていいんだって…………おれ……」
「……当たり前だろう」
シュウはそんな当たり前の権利すら奪われながら生きていた。
そんなのは死んでいるのと変わらない。シュウはそんな状態で僕に助けを求めに来たのだ。
それだというのに僕は、僕はこんなに傷ついたシュウを、あれほど疎ましいと思っていた――。
「ごめんな、シュウ……俺、お前から逃げた」
「…………怖かった……怖かった……逃げるしかなかった……もう、一生外に出れないと思ってた……」
この場所にシュウの星はなかった。だが、僕たちは何かを取り戻したような気がしている。
「なにニヤニヤしてんだよ」
遼に言われて僕はつい肩が跳ねた。
「え、そう見えた? 別になんもないけど」
彼は訝しむように薄く整った眉を寄せる。眉には絆創膏がひとつ。
頬にはもっと大きなテープが留まっている。殴り合った時の傷はそう簡単に治りそうにない。
「最近のお前、やけに楽しそうだよな」
「ま、いいけど」
楽し気に画面に視線を移す遼に、僕も画面を向いてゲームに集中する。
「宝さがしを始めたから」
「は?」
「何でもありません~」
僕がハンデで使うキャラは、拮抗を見せた後に遼の使う強キャラに崖から突き落とされた。
もう一度このゲームを始めてわかったことがある。
遼は僕らの中で、このゲーム腕前は真ん中だった。
「昔は激よわだったのにな」と望月が悔しそうに歯噛みしていた。
嘘でもなんでもなく、あの夜の遼は間違いなく本気だったのだ。
遼にだってできないことはある。
そんなの、遼自身だってとっくに知っていたことなのに、僕は今更になってそれを実感した。
「じゃ、そろそろ行くから」
僕は立ち上がると、肩眉を上げて遼だけにわかるサインを送る。
遼も遼で切れ長の目でウィンクすると、僕はリュックを背負ってマンションの階段を踊るように降りていった。
続く
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