30歳とから揚げにLemon
切り分けた果実の片方は今、まさにある女のから揚げのために搾り取られようとしている。
その女は過去、から揚げにレモンをかけることを死ぬほど忌避していた。
蛇とか虫などの比ではないほどに嫌っていた。
だが今、から揚げにレモンをかけようとしている。
その女の名は、矢御あやせという。私だ。
30歳になって大きく変わったことがある。
から揚げにレモンをかけるようになった。
これは事件なのだ。
そもそも30になって悪玉コレステロール値や血糖値がぐんと上がってしまったため、油で揚げているから揚げ様はおいそれと食べられるものではなくなってしまった。
それなのに、私はその「めったに食べられない」にも関わらず、から揚げにレモンをかけるようになった。
私はもともと、から揚げにレモンをかけるやつを憎んでいた。
肉はそのままが旨いと信じていたのだ。
レモンなんて邪道だ。肉の「がつーん」が薄れてしまうのに、何でそんなものをかけるんだ。
スマートでいけすかねぇ。本気でそう思っていた。
だが、同時に、憎みながらも憧れずにはいられなかった。
なぜなら、から揚げをそのまま食うのはガキっぽいと思っていたからだ。
素材をそのまま食うのは動物でもできる。
折角二足歩行になって、脳が肥大化して文明を手に入れたというのに、食材をそのまま食うのはバカの発想じゃないのかと恐れていた。
調理された姿のから揚げを「食材」と呼ぶことそのものがまさにバカの発想なのだが、背伸びがしたい私はから揚げにレモンをかけるやつに複雑な感情を抱いていた。
ところがだ。私はから揚げにレモンをかけるようになってしまった。
執筆するためにお邪魔しているコメダ珈琲でも、コメチキを頼んだらレモンをかける。なんと、初手からだ。
今までの私なら、「一個くらいはそのままの旨さを楽しもう」と思ったものだが、最近は「口がぎとぎとしちゃうし一個目からレモンだ」とレモンをかける。
ぎゅうっと絞ったレモンの果汁と、じゅわっと広がる肉の脂が口の中で溶け合うと、たまらなく旨い。
今までの私は、レモンをかけたから揚げを、いくら食べたところでいいと思えなかった。
年をとったせいかもしれないが、この旨さがわかるようになったのは嬉しい事だ。
年齢を重ねるごとに悩みも増えるが、悪い事ばかりではない。
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