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[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第四十四話:恋人までのディスタンス」

 中高男子校の六年間と浪人生活ですっかり女性との距離感を見失ったボクが就職活動中に偶然出会った理想の女性、麻衣子。ことごとく打ち手をミスるカルチャー好きボンクラ男子と三蔵法師のごとくボクを手のひらで転がす恋愛上級女子という二人の関係はありがちな片思いで終わると思いきや、出会いから十年に渡る大河ドラマへと展開していく―― 著者の「私小説的」恋愛小説。
<毎週木曜更新予定>

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第四十四話:恋人までのディスタンス

 チェックアウトを済ませてホテルを出た。昨日とは打って変わって快晴。一面に降り積もった雪に反射する太陽の光が眩しくて目を細めた。

 この辺でお茶できる場所はそこしかないと麻衣子に言われ、駅から約三キロ離れた場所にあるイオンで会うことになった。他にやることもないので、駅からイオンまでへと続く大通りを歩くことにした。

 まだ足跡の無い雪の上を歩く。前後に人の気配はない。足元を見ながら黙々と歩いていると意識が自分の内側へと集まってくる。麻衣子とのこれからについて考えていた。

 三十過ぎたというのに人生で何を成し遂げたいかもぼんやりしてる自分の現状、自分ではない相手を選んで生まれた子供を育てることの意味、結ばれないことで強化された麻衣子の偶像と実像との乖離。それらは彼女とこれからの時間を過ごすという目の前の楽しみに飛びつきたい衝動にブレーキをかけた。

 ダウンジャケットのポケットからiPodを取り出し、くるりの『ばらの花』を再生する。イントロのギターリフにシンセが重なる。出会って間も無い頃に神保町のカラオケボックスでの会話を思い出す。

「くるりの『ばらの花』がスゲー好きなんで歌います」
「アタシ、くるり聴いたことないんだよね。でも、多分好きだと思う」

“あんなに近づいたのに遠くなってゆく”

 ボクらに別の可能性はあるのだろうか。

 人生で初めて心の底から好きだと思える人との偶然に出会い、そこから十年後にこんな複雑な想いを抱えながらその人に会いに行くことになるなんて。そう考えると、思わず涙が溢れてきた。こんな時でも音楽を聴くのは現実逃避かもしれないが、音楽の中に答えがあるんじゃないかって真剣に考えていた。

 雪に反射する光が涙の中で乱反射してミラーボールのように綺麗だった。

 随分と前から向こうに見えていたイオンにやっと到着し、チェーン系カフェで麻衣子と合流した。休日の店内は若い家族連れが多く、辺りを子供達が走り回っていた。レオパード柄のニットと少し色の抜けた茶髪に生活感を感じる麻衣子、未だに学生時代と変わらないような服装のボク、夫婦やカップルには見えない雰囲気の二人は周囲から浮いていた。

 セルフサービスのコーヒーを二人分持って麻衣子が席に戻ってきた。

「今朝、ここに来るまで、俺たちが一緒になる可能性について考えてた」

「アタシも考えてたよ。もし、本当に一緒になりたいって思ってくれるならそれは凄い嬉しいんだけど」

 少し間を置いて麻衣子が続ける。

「自分で言うのもなんだけど、アタシのことを良いと思った部分って、映画とか音楽や漫画が好きなアタシだったんじゃないかと思うんだ。でも、正直言うと、子供が生まれてからそういうものに全く興味が無くなっちゃったんだよね。子供と一緒にいると何かに長時間集中することが難しいのもあるけど、そもそも興味が無くなってるのを感じてて。自分でも驚きの変化なんだけど」

「俺だってもう若く無いし、前ほどそういうことばかり考えてるわけではない。マイちゃん自体の物事に対する見方が好きだったわけで、具体的に同じカルチャーを好きである必要はない」

「子供がいるから映画館とか一緒に行けないし、フェスだって難しい」

「そんなのは大丈夫だって」

「何の責任も無いのにアタシたちが寄りかかるのも悪い。都合が良過ぎるなって」

「俺がそれを選んだのなら気にする必要はないよ」

「そっか、ありがとう。でも無理はしないで」

 その後は、他愛のない話だけして時間が過ぎ、麻衣子の車で駅まで送ってもらった。

「昨日渡し忘れてたお土産、ご家族で食べて」

「そんなの良かったのに。ありがとう」

「色々ありがとう。あのさ、ハグしてもいい?てか、キモいかな?」

「ハグ?大丈夫だよ。しよっか」

 二人が出会って十年、二人の身体的距離が最も縮まった。海外に短期語学留学した日本人の学生同士がするような、ぎこちないハグ。目の前にいる麻衣子の温もりを確かに感じた。頭の中で十年の日々が一瞬で駆け巡る。麻衣子と出会えて良かったと思った。

次回、最終話、12月2日(木)更新


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