見失ったエルドラド
先日のエピソード「そうだ、僕らはそこからやってきた」は主人公が父ですが、このエピソードにはまるでスピンオフのようなエピソードがあります。その主人公は母です。
父の手術が終わった直後、執刀医からのご説明ということで、母と兄、そして私は一室へと誘われます。父はまだ術後の処理で手術室に。つまり、「ふるさと発言」の直前のタイミングでの話になります。注)前回の「そうだ、僕らはそこからやってきた」参照。
我々三人は横並びで執刀された先生を待ちます。そう待たされることなく、若く凛とした先生が入室され、「滞りなく終わりました」の一言とともに我々の対面に腰を下ろしました。
そして「こちらがご主人から摘出しました睾丸です」と、ホルマリンに浸かった“それ”を我々の目の前にコトリと静かにおきました。
“それ”はなんとも白く、もっとグロいものかと思いきや、なんとも人体感もなく、本当に“それ”としか形容できない“それ”でした。
そんなことを思っていると、私の隣に座っていた母は、突然、力なく長めのため息をつきました。
(ちょっと衝撃が強かったか?)
自分にはグロいと思えない“それ”ですが、やはり母には刺激が強かったか? はたまた、がんの告知以来、父のケアや看病の疲れがドッと出たのか? 目の下にクマができた母を心配して見つめました。そして、その長いため息の後、しばしの間をおき、母が重々しく口を開きました。
「…金色ではないんですね」
先生も看護師さんも、兄も私も無言です。ほんの一瞬の無言でも、その時間は途方もなく長く感じました。
「お母さん、お疲れですね」
先生がやさしく語りかけてくださいました。ありがとうございます。
その後、摘出した“金玉”の処遇を話し合い「では、これで」と母の肩を兄と抱きながら、退出させていただきました。
この後、三人は手術室前の待合場に向かいます。“金色のふるさと”を80年近くも守り抜いた戦士を迎えるために。