そうだ、僕らはそこからやってきた
先日、「誕生日が迫ると思い出す父との電話。」と題し、ちょっぴりノスタルジックな父の話を書きましたが、やの家は基本的に「涙1:9笑い」の家族なので、note開設の初っ端としては、まちがえたかな、と思いました。
なので、また父の話でリベンジを図りたいと思います。
「誕生日が迫ると思い出す父との電話。」でもチラッと触れた、父が前立腺癌を患ったときの話。
いろいろな経緯はさておき、結局のところ、男性ホルモンをエサとして成長する前立腺癌の細胞に対し、男性ホルモン分泌の大部分をカットし、これ以上成長を促進させないために睾丸摘出を選択した父。
本来であれば、この手術は局所麻酔にて行うらしいのですが、痛みに極度に弱い父は全身麻酔を切実に懇願。結果、その願いは叶い、夢の全身麻酔による手術が行われ、無事滞りなく終了しました。ほどなくすると、父は手術室からストレッチャーに乗って戻って来ました。
「意識が戻りつつあるので、話しかけてあげてくださいね」
そう看護師さんに促され、母、そして私と兄は朦朧とする父の意識を呼び戻すように語りかけます。
「親父、大丈夫かー!」
「お父さーん」
「おーい」
すると、うっすらとまぶたが開きました。まだ目は虚ろで覚束ない感じですが、三人を見回します。じっくりと。そして徐々に目の焦点が合いはじめ、その視線は我々兄弟に向けられます。
「おお…来てくれたのか…」
局所麻酔で済むはずの手術を全身麻酔で受けた父に、兄が精一杯の言葉を語りかけます。
「よくがんばったな」
少しの違和感を感じつつ、私も「うん、うん」とうなづきます。うっすら涙を浮かべて微笑む父。感動です。そして我々兄弟を頼もしそうに見つめながら、衝撃の一言が告げられました。
「…たったいま、おまえたちのふるさとがなくなったぞ」
なるほど。うん。僕らは確かにそこからやってきた。
「そうだな。それは残念だけど、親父が無事でよかったよ。いまはゆっくりおやすみ」
そう言葉をかけると父は安心したようにスヤーっと再び眠りにつきました。
ふるさとは、遠くにありて思うもの。さようなら、心のふるさとよ。