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「地球市民」として生きる

いま、世界で起きていること

私は昨年2月1日にミャンマーでクーデターを経験し、3月の末に日本に帰国しました。あれから、もうすぐ1年が経とうとしています。

世界で起きている混乱の中でミャンマーの報道も少なくなる中、湧き上がる気持ちを、今はまだうまく言葉にできません。

一年前、ミャンマーの人々が理不尽に弾圧されていく状況を見た私は、いまウクライナで起きていることを他人事とは思えません。内政か侵略かの違いは、関係ありません。人々が殺されている事実は変わりません。誰かの利益のために、武力で支配されるのは絶対にあり得ない。国際社会は、これ以上人権侵害を看過してはいけないと思います。

息苦しさの原因をまだ言葉にできない

一方、私は言葉にならない違和感を感じています。

私がミャンマーから帰国した時、友達は「大変だったね」と言葉をかけるだけで、ミャンマーの現状に対して、無関心でした。ミャンマーで今何が起こっているのか、いつクーデターが起きたのか、みんな知りませんでしたし、会話や授業の中で、ミャンマーのことを聞かれたり、話したりする機会はありませんでした。それが、プロジェクトを立ち上げたきっかけでもありました。

でも、最近友達と話していると、ロシアのウクライナ侵攻がよく話題に上がります。「原因は何ですか」と先生に質問に行く生徒もいます。世界史の授業では、先生が解説する場面がありました。

世界でいま起きていることに関心を向け、知ろうとすることは、何より大事なことだと思います。私たちは、世界の問題を決して他人事にしてはいけません。でも、SNSを開けばすぐにウクライナの情報が出てくる状況に、私はなぜか息苦しさを感じています。

SNSではウクライナの義勇兵に志願する日本人が現れ、明確な対応をしない政治家を批判する声も上がっています。国会議員を揶揄するような投稿も見ました。でもミャンマーでクーデターが起きた時、「一緒に戦う」と声を上げた人も、政治家を批判した人も、今と比べ少なかったように思います。

つい先ほど、日本政府がウクライナ難民の受け入れを検討しているというニュースを見ました。
日本には難民認定を待っている人がたくさんいます。長年迫害されてきたロヒンギャの人々が難民認定を受け入れられないのに、ウクライナの難民を受け入れられる。違いは何でしょうか。

人権が侵害され、そこで生きる人々が戦おうとする状況は同じだと感じます。なのに、人々がロシアのウクライナ侵攻に関心を持ち、ミャンマーのクーデターに対して、関心が薄いのは何故なのでしょうか。

私はまた大きな課題をいただいたと思っています。

地球市民の視点に立つ

私は小さな頃から、兄に連れられ、宇宙関連の催しや、宇宙飛行士の講演について行くことが度々ありました。

彼らは「宇宙からみる地球に国境はない」とよく言っていました。また、宇宙船の中に民族の隔たりは無いとも。長い宇宙の歴史から見れば、人間一人の人生なんて、たったの100年です。短い生の中で、争い、殺しあい、自分が死んだ後の100年に悪影響を残す意味はないと感じます。

地球で生きる私たちは、悩んだり立ち止まったり、対立して違う方向に向かっていると思っても、皆、等しく同じ方向に向かって進んでいます。宇宙を知ることは、私たちにそれを教えてくれます。

たった一つの世界で、さまざまな考えを持つ人々が、同じ時代を生きています。私たちが迎える未来も、ただ一つしかありません。

伝えることが未来を変えると信じて

いま多くの人々が、世界で起きていること、そして日本という国の将来について考えています。ロシアのウクライナ侵攻がそのきっかけです。だからこそ、ミャンマーのことも伝えていくべきだと思います。

私たちの生きる世界では、見えないだけで、たくさんの人が苦しんでいます。たった一つしかない地球を、世界の人々全員にとって生きやすい場所にするために、「見えない」部分にこそ、目を向けるべきだと思います。

まずは、伝え、対話することが未来を変える一歩になると信じています。

ありがとうございました

改めまして、クラウドファンディングを実施した2ヶ月間、私たちの思いに寄り添い、見守ってくださりありがとうございました。

ヤンゴンかるた代表 野中優那

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