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YSS 第十三弾

【悠悠】

俺、柳瀬 悠(ゆう)には憧れていた
大好きだった人がいる

石橋 悠(はるか)それが俺の憧れ
大好きだった人

今、俺はその人と一緒に暮らしている
とても幸せな事…幸せな事なはずなのだが…

「あーうっ、あー。」

赤子が発するような声が聞こえる
俺はそこに向かう

「はいはい、どうしたの?」
「あーばっ、だーだ、パーパ!」

その声の主は赤子ではなかった
そこに居たのは俺のかつて憧れ
大好きだった人
石橋悠本人だ

彼女は赤子でもなければ幼児でもない
もうすぐ四十路を迎える
列記とした大人の女性である

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俺の夢は小説家になること
学生時代から作品を描き続けていて
高校三年生の時には大きな賞を2つも受賞した

大学に行きながら
とある雑誌で連載も持たせてもらい
学生ながら自分の夢を叶えることが出来た

そして25になる頃には
沢山の作品が映像化などして
俺のネームバリューは
とうに俺の想像を超える結果となった

そんな俺がここまで来れたのは
かつて俺が憧れて大好きだった人
石橋悠と言う担当編集のおかけだと言うこと

学生時代に賞を取ってから十年以上
二人三脚で人気作家の仲間入りを
果たすことが出来た

本来は数年毎に担当編集が変わるのだが
編集長が俺と悠さんのコンビを
気に入ってるのか勝手に
『悠悠コンビ』と名付け
俺の担当を悠さん以外に任せないのである

そんな策略もあってか
俺は悠さんにどんどん惹かれていった

「お!悠!進捗はどうだぁ?」
「今度はこんなテーマはどうだ?」
「よし、お姉さんと取材旅行行こう!温泉温泉♪」

天真爛漫、なのに知的で
凄く面倒見のいい美人な人

女性経験の少ない男が惚れるには
充分すぎる人柄だった

しかし、この恋愛が成就することは無かった

1年半前
まだ悠さんがまともな言語を話していた頃
彼女の口から受け入れたくない事実を聞かされる

「私ね今度結婚するんだ!」
「え…あ…そうなんですね…。」
「すっごい幸せ!披露宴の時は私の1番のコンビとして、いいスピーチ頼むよ!」
「う、うん…頑張るよ…。」

笑顔が引きつっていたと思う
悠さんにとって俺は作家と編集止まり

それ以上に思われていたとしても
恐らく弟程度だと思う

俺の長年募らせていた恋は呆気なく散った
しかし、ここから事件が起こった

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時は悠さんの結婚報告から数ヶ月後

悠さんは自身の家族や親戚一同
そして結婚相手の家族・親戚一同を集めた
身内だけのパーティを旅館の宴会場を
貸し切って執り行っていたらしい

そのパーティが楽しかったのか
どういう状況だったのか今では知る方法がない

なぜならそのパーティが行われた旅館で
とある事故が起きたのである

ガス漏れによる大爆発

旅館の半分以上が大破し
多くの犠牲者が出た事件

一時期、世間はこの話題で持ち切りだった

爆発元は
悠さん達が使っていた宴会場のすぐ隣で
宴会場に居た人達は誰一人助からなかったらしい

しかし、悠さんは唯一生き残った

理由は宴会場から
少し離れたところにあった
お手洗いにたっていた事により
奇跡的に爆発の直撃は避けられたのである

それでも二次爆発の被害に遭い
1か月ほど意識不明の重体であった

そして、そんな悲劇から生還した悠さんが
目を覚ましたと編集長から聞いた時
俺は居てもたってもいられなかった

しかし、悠さんが目覚めたと言うのに
編集長はあまり嬉しそうではなかった

俺はその違和感を早く解決したかった
しかし、悠さんが目覚めた当初は
面会が制限されており
俺は簡単には会えなかった

悠さんが目覚めて半年後
ようやく面会が出来ると編集長に伝えられた

しかし、編集長はとても険しい表情で
俺に言葉をなげかけた

「最初は驚くかもしれん。けど、現実を見るのも俺たちの役目だ。」

意味が分からなかった
どんなに考えても意味が理解出来なかった
俺は思考をやめ、現状を見ることにした

悠さんがいる病室に入る
そこには元気に動く悠さんが居た
しかし、それは俺の知る悠さんではなかった

「やーぁ!だー!えぇぇぇん!」

まるで駄々をこねる赤子
今まで見てきた悠さんからは想像もつかない光景

いや、今までの人生の中で
立派な大人がこのような行動を取っているのすら
見たことがなかった

医師の説明によると
壮絶なショックから来る精神の幼児化らしい

しかし、ここまで乳幼児に近い幼児化や
まるで今までの記憶全てが
消えているかのような言語や
行動概念の欠如は例を見ないとのこと

本当に身体はそのままだが
それ以外が赤子になってしまったかのようだった

更に困ったことが悠さんが
誰の言うことも聞いてくれないという事だ

医師や看護師はもちろん
長年の付き合いである編集長の言葉にも
耳を貸さない

本当なら家族の助けが欲しいのだが
悠さんの家族はもう誰も残っていない

天涯孤独のあげく今までの人生も奪われた悠さん
俺はどうすればいいのか分からなかった

ふと俺は悠さんと目が合った
すると今まで泣き叫んでいた
悠さんの表情が一変し満面の笑みを見せる

そして、俺を見ながらとある言葉を叫び出す

「あーだ!だーだ!パーパ!」

誰もが驚いていた
俺自身も驚いていた
悠さんの脳回路がどのような動きを
しているのかは分からないが
少なくとも俺を覚えてくれている
その事だけが何故か無性に嬉しかった

「お、俺が!俺が…悠さんを引き取ります!」

俺は咄嗟にそんな事を口走っていた

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そして半年の月日が経った

もちろん、後悔はない
俺の憧れ大好きだった人を助ける
その気持ちに変わりはない

しかし、子育ての経験のない俺には
なかなか難しい事だった

更に難しさが増しているのは
身体の構造自体は大人の女性だということ

例えば赤子みたいにところ構わず排泄をする
その原理は赤子のそれそのものなのだが
出てくる排泄物は大人のそれである

身体自体は大人のため
ある程度の食事を摂取しないと身体に良くない

そのため排泄物の量や臭いなどは
あまりにもきついものとなる

更には排泄したあと身体を拭くのも一苦労である

子供の身体ではなく、大人の女性の身体

初めて見た好きな人の身体は
なんの色気もムードもなかった

まるで育児と介護を両方やっているようだった

特に苦労しているのが夜泣きである
悠さんは毎晩のように夜泣きを起こす
その度にあやすのだかこれが凄く大変なのだ

最初の頃は抱きしめて
背中をさすれば眠ってくれた

しかし
次第にそれだけでは足りなくなっていく

俺の身長は164センチ
悠さんの身長は172センチ
約10センチ近く差がある人物を抱っこして揺らす

大人と違い悠さんから
しがみついてくれることはなく
完全に俺の力だけで持ち上げるのは
なかなかの作業であった

一頻りの重労働をする中で
小説を書くという仕事もしないといけない

普通の人よりお金はある方だと思っているため
人一人養うのは簡単だと思っていた

しかし、育児もしくは介護をしながらの
生活というのはとても大変なんだということを
実感した

「こりゃ確かに鬱になるわ…。」

そんな事を呟きながら
気持ちよさそうに寝る悠さんを見つめる

人を見た目で判断する
世間的には悪い事だと認識されることが多い

しかし、それこそが人間の欲なのだと
改めて思った

どんなに中身は違えど
見た目は俺の大好きな人なのだ

無防備な状態の悠さんを見ていると
たまに俺の中の何かが弾け飛びそうになる

「……寝よ…。」

俺は悠さんの横で事切れるように眠りについた

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(あぁ、歯痒い)

誰かの声が聞こえる
知らない声だ

(お前がそんな意気地無しだとは)

一体誰なんだ

(俺はお前だ)

俺?

(そうだ、お前だ。何を迷う必要がある?)

迷う?俺は迷っているのか?

(そうだ。変な世間体を気にして、自分の抱いていた恋心に恋し、お前の欲望を疎かにしている)

俺の欲望…

(その女が好きなんだろ?だったら手は一つ。自分の女にするんだよ。)

そんな事…

(絶好のチャンスじゃないか!記憶もない無垢な女を自分の思うように育てられる!ラッキーなことに自分にしか懐いていない!男としてこんな最高なモノはないだろ!)

モノ…

(そう!男は獣!女はモノだ)

…違う
悠さんはモノじゃない…
俺の大好きな人はモノじゃない…

(考えるな!本能を感じろ!)

違う!違う!違う!
俺はお前じゃない!
お前は!俺じゃない!

ガシャン!

何か大きなものが閉じる音がした

(あぁ、そうか、やはりお前はつまらんな。まぁ、いつでも俺はお前を見てる。欲に従いたくなったらまた呼ぶといい)

何者かは俺の目の前から消え去った

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俺はふと目が覚めた
すると隣で悠さんが少しぐずりかけていた

「あ、悠さん、大丈夫?」

俺は瞬時に悠さんの背中を撫で始めた

何か大きなものと戦っていた夢を
見ていた気がする

しかし、深くは思い出せないし
もう少しすると何となく
記憶からなくなってしまうと思う

しかし、これだけは俺の心の中に残っていた

どんな事があろうと
俺が悠さんを大切に育てる

それが俺の大切な人にしてあげられる
唯一のことなのである

ーFinー

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