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YSS 第二弾

【親友は未成年】

あぁ、最悪の人生だ…

シャベルの刺さった砂場
年季の入った滑り台
風で揺れるブランコ
閑散とした公園のベンチにぽつねんと座る私

髙橋 美晴 27歳

私は今日会社をサボった

たった一つのミス
いや、私のミスはだいぶ前から
始まっていたのかもしれない

大学を卒業して内定を貰っていた会社に就職
当然、慣れない環境に戸惑いながらも頑張る私
そんな中、いつも親身になってくれたのが
指導係だった主任

彼は入社した頃から私の事を
支えてくれて励ましてくれて
落ち込んだ時はご飯にも誘ってくれた
単純な私はその行動に好意を抱いてしまった
しかし、彼には奥さんも子供もいた
私の恋は叶わずに終わってしまう
そう思っていた

「妻とは別れようと思っている。」

ドラマで聞いたことあるような不倫男の常套句
普段の私ならその誘惑を回避していた……
自信を持って、そうとは言えないが
この時の私は完全に悲劇のヒロインと化していた
甘い誘惑を断ることが出来なかった

入社して5年目
不倫が始まって3年目
私の本当の不幸が始まった

ある日、私は会社の会議室に呼ばれた
そこには会社の部長職以上の肩書きの
面々が揃いも揃っており
さらには顧問弁護士も参加していた
そんな場違いな場所で私は更に
自分には一生関わらないと思った言葉を
聞かされることとなった

『横領』

身に覚えのない
その罪状に私は困惑した

私は必死に無罪を主張した
しかし、取り合ってはくれなかった
私は彼に助けを求めた
しかし

「犯罪者が俺に関わるな。」

完全に裏切られた

後に真実を風の噂に聞いたところ
奥さんに不倫がバレそうになったところ
私を自分から切り離すために
癒着のあった上司達と結託し私を陥れたらしい

あくまでも不当解雇ではなく
自主退職をさせたかったのか
『横領』と言う罪状にもかかわらず
厳重注意で済まされ会社で働き続けさせられた

しかし、周りの視線は痛々しい
『横領』をしたという事を
陰口混じりに言われるのはもちろんの事
1番はそれなのに会社に居続けられてるのは
何か裏があるんじゃないかと噂されている事

上司への金の横流しや
卑猥な取引を持ちかけられているなど
ありもしない噂が絶えず囁かれた

それと並行して嫌がらせも絶えなかった
明らかな無視や無理な仕事の押しつけ
男性社員からのセクハラもあった
そんな生活が続き2ヶ月
私は今日、会社を無断欠勤した

普段、通勤の途中に見ていた公園
朝と夜にしか見ないから
人の気配は全くしていなかった
だが同じように昼時にもかかわらず
人手が増えることは無かった
常日頃からあまり利用する人がいないのだろう

しかし、今日の私にとってはそれが好都合であった
私は誰にも気づかれず公園のベンチに座り
一日中黄昏ていた

(♬〜♪)

少し離れたところから音楽が流れ始めた
曲は恐らく『夕焼け小焼け』
近くの商店街で16時になると流れるのを知っていた
約8時間近く私は黄昏ていたらしい
いつまで此処でこうしていようか
そんな事を考えながら俯いていると
突然声をかけられた

「あの、お姉さん。そこどいてもらえますか?」

唐突な声掛けにびっくりした私は
勢いよく顔を上げた
そこには教科書を広げランドセルを背負った
丸眼鏡の少年が立っていた

私は急な声掛けに言葉が出ず
少しばかり狼狽えてしまった
しかし、少年が冷静に対処し続けた

「そこ僕の特等席なんです。だからどいてください。」
「あ、ご、ごめんね。」

私はしどろもどろになりながら席を立ちその場を去ろうとした

「別に帰らなくていいですよ。僕の特等席はそこなので隣になら座ってていいですよ。」

私が座っていたベンチは、2人掛けの仕様で
真ん中に肘置きの敷居が取り付けられていた
少年のご所望は向かって左側だったらしい

その場を去るか迷っていた私
しかし、少年が座れと言わんばかりの
視線と指先で隣の席を示していた
私は流されるように隣に座ることにした

私が隣に座ると少年は特等席に座り
教科書を黙読しだした
少しの間のあと少年が口を開く

「葉山 諒。」
「え?」
「僕の名前です。お姉さんは?」
「えっと…髙橋美晴です…。」

何故か敬語になってしまう私
そうですかと言わんばかりに頷き
再び教科書に目を移す少年

再び訪れた沈黙
居心地が悪い訳ではなかった
しかし、子供と接する機会が少なかった
私にとっては少し異様なシチュエーションだった
そのため何か会話の種がないかと
思考を駆け巡らせていた

「勉強好きなの?」

教科書を真剣に見つめる少年を見て
思いついた安易な質問だった

「別に。でも、良い学校に行くには予習と復習が大事ですから」

本当に子供なのかと言うくらい落ち着いている子
それが私の諒くんに対する第一印象であった
人生のどん底に立たされている私から見たら
この時の彼はとても大人に見えた

すると、その質問をきっかけに諒くんが話し始めた

「僕は幼い頃に両親を事故で亡くしました。」

衝撃のセリフをまだ幼い小学生が口にした事に
私は驚きを隠せなかった

「今は親戚の家に住まわせてもらってます。でも、本当の家族じゃないからか…あんまり居心地は良くないんです。だから、こうして学校の帰りとか1人になりたい時に此処で時間を潰してるんです。」

人の人生は千差万別とは言うものの
あまりの衝撃に私は諒くんにかける言葉を
見つけ出せなかった
しかし、諒くんは私を更に驚かせた

「お姉さんは?」
「え?」
「お姉さんも何かあったんでしょ?僕、分かるんです。悲しみの匂いが。お姉さん…美晴さんから悲しみの匂いがする。」
「でも…。」
「悲しみは話したら楽になりますよ。僕もいっぱい泣きました。だから美晴さんも全部吐き出してください。」

諒くんの力強いセリフ
それにまだ躊躇う私

「僕はもう12歳です。立派な大人ですよ。」 

そう得意げにセリフを吐く諒くん
15も離れた彼のそんな姿が
とても愛らしく思えた私は
思わず笑みがこぼれてしまった
そんな私に不服そうに頬を膨らます諒くん
彼への愛しさが溢れた私
緊張の糸が解れたのか私は自身の現状を
まだ小学生の彼に話し始めた

彼は教科書を閉じて目を見ながら
私の話を聞いてくれた
大人らしくしっかり話そうと決めた私だが
彼の真摯な姿勢に心惹かれ
話の最後には涙がこぼれていた

諒くんと話し始めて1時間以上が経っていた
私の中にあった灰汁が
全部出ていったかのような気持ちだった

「ありがとね。なんかスッキリした。本当にありがとう。」
「いえ、別に。」
「ふふっ、照れてる。可愛いね。」

緊張しなくなり愛おしさが溢れていたため
私は諒くんの頬を軽くつついた
案の定、嫌な顔をされたがそれすらも愛らしかった

ふと時計を見るともうすぐ18時を示そうとしていた

「あ、ごめんね、いっぱい話しちゃって。そろそろ帰らないとね。」

いくら大人っぽくても小学生を
こんな時間まで引き止めていたことに
少し焦りを感じた私
諒くんを家まで送ろうか悩んでいると
諒くんが言葉を発する

「じゃあ最後にお願い聞いてもらっていいですか?」
「ん?なに?」
「美晴さん、僕と親友になってくれませんか?」
「え?」

思いがけないセリフだった
その言葉に何故か私は嬉しさを感じた
しかし、頭の中に浮かぶの言い訳ばかりだった

「でも私たち15歳も歳が離れてるし…」
「親友に年齢なんて関係ありますか?」

諒くんの目はとてもまっすぐだった

「僕も美晴さんも人にはあまり言えない自分の事を吐き出すことが出来たし、僕は美晴さんと話してて凄く居心地が良かったです。」

私も諒くんとの時間はとても居心地が良かった

「それに僕の特等席に初めて座った人です。だから美晴さんと親友になりたいです。」

たまに垣間見える子供っぽいところ
こういう謎理論はまだ子供の思考なのだと
微笑ましく思った
それにつられ私は笑顔で答えた

「うん、わかった。親友になろ。」

私のセリフに笑顔を隠しきれない諒くん
するとベンチから立ち上がり走り出す諒くん
公園の出入口まで走ると立ち止まり
私の方に振り返る

「僕と美晴さんはもう親友だからね!だから毎日お喋りするんだからね!だから明日も話そうね!」

諒くんはそう言い全身で別れの手振りを現し
走って帰って行った
唐突の出来事に少し呆気に取られた私
しかし、彼の言葉が胸に残る

(明日も話そうね!)

その言葉に私はいつの間にか背中を押されていた

諒くんと出会ってから3日も経たないうちに
私は会社を自主退職した

もう何も心に引っ掛かりはなかった
そして1ヶ月しないうちに
お弁当屋のパートを見つけた
多少の貯金があったため収入は少なくなったが
何とか生活は続けられている

そして約束通り私と諒くんは
ほぼ毎日のようにあの公園で会うようになった
お互いにその日あった事を話して
毎日楽しい時間だった

時が過ぎるのは早く彼は中学生になった
背の小さかった諒くんの学生服姿は
更に可愛らしかった

テスト期間になると勉強を教えて欲しいと
頼まれたこともあった
一応大学を出ていた私は軽く教えたが
出会った時から勉強熱心だった諒くんは
手がかかることはなく
いつも返ってきた答案用紙には
満点近い点数が刻まれていた

そしてたまにパート先のお弁当が2つ貰えた時は
公園で諒くんと一緒にご飯を食べた
育ち盛りからか小さい身体なのに
よく食べる姿が母性を擽らせた

諒くんが高校受験の時は
勉強面で心配することはほぼなかったが
手作りの御守り、有名な神社の御守りなど
沢山ご利益を渡した
もちろん心配することなく高校に受かった諒くん
優しい諒くんは私のおかげだと
ずっと言い続けてくれている

高校生になった諒くん
小さくて可愛かった諒くんは
いつの間にか私の身長を抜かし
可愛らしかった顔立ちは
とても爽やかな好青年へとなっていた
たまに面と向かって話していたら
私が少し照れるくらいだ

高校生になると諒くんは陸上部に入った
種目は走り幅跳び
何回か記録会を見に行ったが
とても優秀な選手らしく
表彰台に上がる姿を何度も見た
進学校だったため勉強も両立して
頑張っていた諒くん
勉強も部活も大変なのに
諒くんは私と会うことだけは欠かさなかった
高校生になり携帯を持ち電話やメールもするが
やはり会って話すのがいいらしく
いつもの公園で少し遅くまで話していた

私から見てもとても素敵な男の子
学校の友達や部活のチームメイト
更には恋人がいてもおかしくない
そんな後ろめたさもありながらも
私にあってくれる諒くんの優しさに私は甘え続けた
この頃、私はお弁当屋の正社員になり
生活が安定するようになった

楽しい日々が続き
ついに諒くんの高校卒業が近づいた
進学校だったのにも関わらず諒くんは
大学進学ではなく就職を選んだ
理由は早く社会人になりたかったかららしい

そして諒くんは見事内定が決まり
無事に卒業を迎えることが出来た
すると、卒業式が終わったであろう時間に
諒くんからメールが届いた

『夕方、いつもの公園で会えませんか?』

私は二つ返事でいつもの公園に向かった。

公園に着くとそこには、胸に花飾りをつけ
卒業証書が入っているであろうブック型の
証書入れを抱えた諒くんが立っていた

その姿はもう立派な男性だった
諒くんは私に気づくと爽やかな笑顔を向けた

「諒くん、卒業おめでとう。」
「ありがとうございます。美晴さんのおかげだよ。」
「そんな私は何もしてないよ。」
「ううん、美晴さんが親友だったから毎日が楽しかった。だからいつか言いたかった。本当にありがとう。」

そのセリフをそのままお返ししてあげたい
私も毎日を楽しく過ごせたのは
諒くんのおかげだから

「俺も仕事始まるし簡単に会えなくなるから今のうちに伝える事は伝えとかないとね。」

そう、諒くんは就職を機に引っ越す
しかし、遠く離れ離れになるのではなく
同じ県の違う市に引っ越すだけで
会おうと思えば会える距離ではある
だが、今まで通り
毎日この公園で会うのは不可能であろう

私はこれを機に諒くんと離れようと思っていた
人生のどん底から救ってくれた諒くんには
感謝してもしきれない
だから彼が一人立ち出来るまで
彼のそばで彼の成長を見届けようと
親友になった日から決めていた

諒くんには諒くんの人生がある
こんな三十路を過ぎたのおばさんと
いつまでも親友ごっこをするのではなく
年相応の出会いをして欲しい
私はそう願っていた

「寂しくなるなぁ。でも、離れても親友だからね!」

私は悲しい別れにしたくはなかった
だから、元気よく送り出そうと言葉を放った

私のその言葉を聞き諒くんは少し表情を曇らせた
そして思い出のベンチに視線を向け話し始めた

「実は美晴さんに嘘ついてた事があるんです。そう、ここで初めて会った時に。」
「実はここの席、別に特等席でもなんでもないんですよね。確かにここには1人になりたい時に来てました」
「けど、別にいつもここに座ってた訳じゃないです。ここあんまり人が来ないから遊具とかにも普通に座ってました。」
「でも、あの日は違った。あの日はここに綺麗なお姉さんが座ってた。しかも悲しい匂いをさせて。何とかしてその人の力になりたいと思った。何としてもその人とお近付きになりたかった。」
「多分一目惚れだったと思います。」
「子供だったから、大人の人は子供っぽくないクールで真面目な人が好きだと思ってて、特に勉強が得意でもなかったのに教科書広げて大人っぽく振舞ってました。」
「今思うとめっちゃ恥ずかしいけど、でも、その人とは仲良くなれた。親友になれた。」

諒くんは私の方を向く

「でも、本当になりたかったのは親友じゃないんです。」
「子供だったあの時でも分かってました。だからあの時は親友になってくださいって言うしか無かった。でも、今は18。あの時から6年も経った。長かったけどようやく言える。」

諒くんは私の目の前で跪いた

「美晴さん、俺は美晴さんと家族になりたい。俺と結婚を前提にお付き合いしてください。」

私はそのセリフに自然と涙がこぼれ落ちた
その原因は私の心にいつの間にかあった
彼に対する親友としての思いや、親心とも違った
その感情がそうさせたのだろう
私は泣きながら言葉を出す

「でも、私おばさんだよ?全然綺麗じゃないよ?」

私のセリフに諒くんは笑顔で答える

「親友の時も言いましたよね?年齢は関係ない。それは恋人も家族も一緒です。僕は美晴さんだから良いんです。美晴さんじゃないとダメなんです。美晴さんは僕じゃダメですか?」

諒くんはそっと手を差し伸べる
私は涙を流しながら彼に答えを告げた
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2年後
教会の鐘が鳴り響く日
純白のウエディングドレスを身に纏う私
隣には格好良いスーツ姿の諒くん

私の大切な親友は素敵な旦那さんになり
未成年だった彼はとても素敵な大人になりました 

ーFinー

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