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YSS 第四弾

【でこぴん】

私、木村真依子(まいこ)には年の離れた兄がいた
木村勇助(ゆうすけ)、とても優しい性格で
人柄も良い自慢の兄だった

私が小学校低学年の頃
兄は既に大学院生だった
兄のことが大好きで
かまってほしくて仕方がなかった私は
毎日のように兄にくっついていた
優しい兄はそんな私に合わせていつも遊んでくれた

ある日、私はいつものように
兄に遊んでもらおうと懇願した
しかし、その日は大事な用があるらしく
私と遊ぶことは出来ないそうだった
学会での大切な発表の日だったらしい

そんな事とは露知らず
まだまだ幼い私は駄々をこねるだけで
兄の気持ちは全く考えていなかった
しまいに私はとある言葉を口走る

「遊んでくれなきゃ真衣子死んじゃう!」

別に深い意味はなかった
駄々をこねる子供の最終形態
とでも言うべき現象だった
しかし、兄はこの言葉に反応した
兄は私の背丈程にしゃがみ
真剣な顔を向ける
そして、一つの指弾きを額に与える
大人と子供の体格差
手加減をしてくれてはいたがやはり少し痛かった

「お兄ちゃん、真衣子にはどんな事があっても死んじゃうなんて言って欲しくないな。」

その言葉が当時の私にちゃんと刺さったのか
ただ怒られてるような気がして反省したのか
私は駄々をこねることをやめた

「帰ってきたら遊ぼうな!」

その言葉を聞いて
私は単純にも満面の笑みを浮かべた
帰ってきたら沢山遊んでもらおう
かくれんぼ、おままごと、ジグソーパズル
兄と遊べることだけを一心に
私は出かける兄を精一杯手を振り送り出した

しかし、兄が元気で帰ってくることは無かった

兄は学会の帰り道に他人の喧嘩に遭遇した
正義感が強い兄はその仲裁に入り
場を収めようとしていたところ
喧嘩をしていた一人に道路へ押し倒され
車に跳ねられたらしい

喧嘩をしていた人達も接触した車の運転手も
全員兄を見捨て逃走
医者が言うには轢かれた時には
ほぼ即死だったらしい
後に捕まった犯人達には重い刑が執行された

私は泣いた
泣くに泣いた
もう帰ってこない兄に対して
怒りとも取れる感情を抱きつつも泣いた
学校にもまともに行けず塞ぎ込んでいた私

そんな私に献身的に寄り添ってくれたのは
幼馴染の
髙橋和耶(かずや)と
吉田那々子(ななこ)だった

二人は家も近くで
物心つく前から仲良しだった
二人も一緒に兄と遊んだこともあった
そんな二人が私を見捨てずに
ずっと寄り添い続けてくれた

そのおかげか、中学に上がる時には
私の傷も少しずつ癒えて
笑顔を出せるようになっていた

和耶はスポーツが得意で
爽やかと言う言葉が似合う笑顔が素敵な人だった
那々子は正義感が強く
女子人気の高い男前な美少女であった

中学生の時はとても楽しかった
いつも三人でいた
学校がある日は登校から放課後
家に帰るまでずっと一緒だった
高校も三人同じ所を受けようと
いつも三人で勉強もしていた

そんな中、私は親友の那々子に恋の相談をしていた
もちろん相手は和耶である
相談を持ちかけると那々子はなんの迷いもなく

「さっさと告りなよ、きっと上手くいくから。」

そう言われた。

後から聞いた話だが
実は和耶からも同じ相談をされていたらしい
半分呆れながらも
そんな私達を結んでくれた那々子は
やはり人生の大親友であった

中学の卒業式に私の方から告白
見事成功し私と和耶は晴れて恋人となった
掛け替えのない恋人、掛け替えのない親友
そんな二人に囲まれ私は幸せだった
しかし、その幸せは長くは続かなかった

高校に入学して月日が経ち、冬を迎える頃
私と和耶がデートをしていたら
和耶の体調が急変した
救急車で搬送されるほどの事態になった
"癌"
和耶の両親からそう聞かされた時
私は思わず意識を失った

目を覚ますと那々子と
癌を申告されたはずの和耶がいた
私はすぐさま和耶の体調を心配した
すると和耶は爽やかな笑顔で言う

「大丈夫大丈夫!そんな酷くないから手術すれば治るって。」

私は那々子の顔を見た
"心配ないよ"そんなふうな面持ちだった
しかし、私は二人の雰囲気でなんとなく気がついた
だから私は騙されるフリをした

癌が発見されてから数ヶ月は和耶と那々子
三人で普通に遊べた
しかし、だんだんと和耶の通院の数が増え
一年も経つ頃には入院生活になっていた

私と那々子は毎日
和耶の面会に行っていた

今日あったこと
昨日のテレビの話
最近の流行りなど
沢山話した。

そして、二年生が終わり三年生に上がる際の春休み
いつものように和耶の見舞いに那々子と行った
いつものように三人で他愛もない会話をしていると
和耶が急に那々子に話しかける

「なぁ、ちょっとお腹空いたからプリンとか買ってきてよ。」
「え?なんで私?」
「なんでってそりゃあ…。」

和耶は私の方に視線を向ける
私はあまりその視線を理解出来ていなかった
那々子は瞬時に察する

「ふーん…ハイハイ、邪魔者は居なくなりますよ。この貸しはいつか必ず返しなさいよ。じゃあごゆっくり。あ、真衣子、病人なんだからあんまり興奮させないのよ。」

半分のからかいと半分の優しさ
そんな言葉を残し、那々子は病室から出ていった

和耶と二人きり
意外と病気が分かってから
初めてのツーショットだった
和耶はおもむろに思い出話を始める
その話を私は黙って聞いていた
そしてひとしきり話した後
沈黙が生まれ、再び和耶が言葉を発する

「なぁ、ムードもなんにもないけどさ…"最後に"キスしていい?」

私は突如放たれた和耶の言葉に反応した
そう"キス"ではなく"最後"の方に
私は思わず泣いてしまった
和耶はそうとうに困っていたと思う
すると、唐突に和耶は私の額を指で弾いた
あまりに突然の出来事で
私の目から涙達がいなくなった

「俺は真衣子の笑顔が好きだ。だから何があっても笑顔でいてくれよ。真衣子とは笑顔でいたい。」

真剣な表情でそう言う和耶
とても嬉しい言葉と悲しみに包まれ再び涙ぐむ私
しかし、私は和耶のその言葉に従い
涙を拭い笑顔を見せた
自分でも不細工な笑顔をしていると分かる
しかし、その笑顔に和耶は答えるように
爽やかな笑顔を見せて私の唇に口付けをした

その翌日
和耶はこの世を去った

和耶の葬儀
私は和耶との約束を守り笑顔でいた
不気味な笑顔だったと思う
そんな私を見兼ねた那々子が強く抱きしめる

「泣きたい時は泣いていいんだよ?」
「ううん、大丈夫。私は和耶との約束を守るの。」
「知ってる?私の胸はね、和耶とは治外法権なんだよ?だから、アイツの約束を守る義務はない。泣きたい時は目一杯私の胸で泣け!私には思う存分、甘えていいんだよ?」

そう言い力強く私を抱きしめる那々子
その抱擁に今まで抑えていた感情が爆発する私
私は那々子の胸で思う存分に泣いた
兄が亡くなった時と同じくらい私は泣いた

和耶の死後
体調を崩すことが増えた私
高校にもあまり多くは行けなかったが
那々子のおかげもあり私は無事に高校を卒業し
那々子と同じ大学にも入学できた

大学生活を始めるにあたって私と那々子は
二人でルームシェアをする事にした
女子二人の楽しい生活

同じゼミで学び
同じバイト先で働き
同じ家で過ごす

他にも友達はできたが
那々子の存在は誰にも脅かすことは出来ない
那々子との生活が私の心の傷を癒し
前へと向けようとしてくれていた

大学生活も三年が経ち
そろそろ就職活動をする時期に突入していた
そんな中、私はある事に悩まされていた
それはストーカーである

バイト先の常連である男
特に店では話しかけられないのだが
度々バイト終わりに出待ちをされたり
後をつけられたりということが続き
遂には精液入りの瓶をポストに入れられたりした

警察に相談しても特に対策は取ってくれなかった
唯一の味方は那々子だけだった

「絶対に私が真衣子を守るから」

もはや那々子の口癖であった
しかし、那々子には那々子の人生がある
だから私の為に自分の人生を無駄にしてほしくない
その意志を伝えると
那々子は私の額をパチンと指で弾く

「バーカ。私は好きで真衣子を守ってるの。私の人生に真衣子は欠かせない存在なの。だから一生真衣子を守らせて。」

まるでプロポーズとも取れるそんな言葉を
私は親友から貰った
その言葉に私は感謝を述べた
そしてこれからも那々子と一緒に
笑顔で過ごせるように願った

数日後
那々子は殺害された

私が風邪をひきバイトを休んだ日
那々子は一人バイトに向かい
その帰り道に例のストーカーに殺された

那々子がいるせいで
私と付き合えないという妄想のせいで
那々子は殺された
ストーカーは捕まったというが
そんな事はどうでもよかった

大親友の死
もう私が寄り添えるものが
この世から全てなくなってしまった
私は感情を失った

那々子の死後
私は大学を中退し
仕事にも就かず
家に引きこもる生活を続けていた
両親からも心配されたが
私がそれに答えることをしなかった
幸いにも見捨てず毎月仕送りをしてくれており
それで少なからず生き長らえていた

私は暗い部屋の中で呟き続けた
ごめん、ごめん、ごめん
私のせいで色んな人の人生が終わりを告げる
そのような考えに至り
自分の存在価値を否定し続けた

そして引きこもり生活から1年が過ぎた頃
私は突如自殺を決意した

兄も和耶も那々子もいない
この世界に私のいる価値はない
自暴自棄、そんな言葉がよく似合う

私は特に考えもなく家を出た
人生最後の外出と思い
あてもなく歩いていた

顔もやつれ、メイクもせず、髪もボサボサ
通りすがりの人の目は明らかに私を蔑んでいた

そして私はいつの間にか
人が疎らな駅のホームに立っていた
何故ここに来たのかは分からない
もしかしたら吸い寄せられたのかもしれない
電車の来る音が聞こえる
私はもうすぐ死ぬのだ

「皆、待っててね。」

心の中でそう呟き
私は線路へと飛び込む

「何やってんの、お姉さん!」

その言葉と同時に私は強く後ろに腕を引っ張られた
間一髪、私は電車に轢かれなかった

死ねなかった事
と言うより死の瀬戸際から開放されたことに対して
私の身体は脱力した

そんな状態ながら
ふと自分が生きながらえた原因に視線を向ける
そこには高校生くらいの男の子が立っていた

「大丈夫?何があったか知らないけど、そんな簡単に死んじゃダメだよ?」

"死んじゃダメ"

一年間
自分を、命を否定し続けていた私にとって
そんな単純な言葉はとても意味のある
重い一言だった

私はその言葉を聞くなり
人目もはばからず男子高校生に抱きつき泣き始めた
彼も最初は戸惑いはしたものの
機転を利かせて号泣する私を
人目から遠ざけてくれた
そして、泣き止むまで付き合ってくれた

ひとしきり泣いた後
私は彼にこれまでの人生を話した
何故か話していいと思えた
彼は私の話を終始親身になって聞いてくれた
そんな優しさが
私に警戒心を持たせなかったのかもしれない

話を聞き終えた彼は優しく微笑んだ
その笑顔は私の大切な人達のそれと似ていた

「また話そ。その人達の代わりになれるか分からないけど、話ならいくらでも聞けるから。お姉さん、死んじゃダメだよ。」

そんな彼の言葉に
私は自分を否定することはやめた

彼に助けられた日から私は少しずつ動き始めた
彼の名前は山崎龍(りゅう)くん
近くの高校に通う高校三年生

龍くんとはあの日から近くの公園で待ち合わせをし
学校終わりの龍くんと毎日のように話をした
私の思い出話から始まり
最近は龍くんの話も聞いている
受験生というのもあり勉強の話もしていた

「真衣子さんと話してると楽しくて時間忘れちゃうね。」

無邪気な可愛らしい笑顔と優しい声
私は龍くんから元気を貰えた
いつまでもこのままじゃいけない
私は龍くんのために
龍くんの隣にいる為に変わろうと思った

今まで無職だったがバイトを見つけ働き始めた
見た目にも改めて気遣うようになり
年相応の女性として最低限の生活を取り戻し始めた

時期は経ち、龍くんの受験本番が近づいた頃
私は那々子が亡くなる前くらいまでの
精神には回復していた

その日も私は龍くんと公園で話をしていた
公園では女の子が一人ボール遊びをしていた

「気をつけて遊ぶんだぞ。」

公園でよく会うのか龍くんは
その女の子に優しく声掛けした
その立ち振る舞いが少し兄に似ていた
そんな優しい彼を見て
私は改めて彼に特別な感情を抱いていると思った

三人は許してくれるだろうか

「御守りありがとうございます。」

私は龍くんに合格祈願の御守りを渡していた
少し重いかもしれないが
神社の物と手作りの物を渡した
御守りを見つめる横顔が少し和耶に似ている

私は龍くんに合格祝いに何が欲しいと聞いた

「じゃあ、真衣子さんとデートしたいです。」

私は急なそんな言葉に照れてしまい慌ててしまった
しかし、龍くんの顔は真剣だった
那々子も同じような目をしていた
私は心を落ち着け、合格したらねと
少し余裕をみせた
龍くんはその言葉に嬉しさを表した
その姿が愛らしく思えた

幸せな空間
こんな時間は久しぶりだ
ねぇ、私もう少しこっちにいていいかな
私、幸せにしたい人が出来たの
今までみんなに優しくされた分
龍くんを幸せにしたい

そんなことを思いながら龍くんと談笑を続けていた

「真衣子さんとのデートが待ってるなら受験なんて余裕ですね。どこに行きます?いつ行きます?」

私は浮き足立つ龍くんの額にパチンと指を弾く
まだ少し子供っぽい所があるが
そういう所もいいなと思う

龍くんはおでこをさすりながらはにかむ
そんな平和な会話をしている最中
龍くんの視線がある方向に向かう
その真剣な眼差しに誘われ
私もその方を向こうとした

その瞬間
龍くんは走り出した

龍くんの視線の先には
先程ボール遊びをしていた女の子が
ボールを追いかけ道路に飛び出していた

そして
そこにはトラックが向かっていた

私もその光景を目の当たりにし
龍くんを追いかける

(間に合え!間に合え!間に合え!)

強い正義感のおかげか
龍くんは女の子の元にたどり着き抱き抱える
しかし、もうすぐそこには
クラクションを鳴らしながら近づくトラック

(やべぇ、どうしよう…)

龍くんは一歩も動けなかった
しかし、女の子を抱えた龍くんの体は
その場から動いた
なぜなら、なんとか追いついた私に押されたからだ

(真衣子さん!?)

死の間際は映像がゆっくりはっきりと見えるらしい
龍くんの顔は驚きで溢れており
少し悲しそうにも見えた

あぁ、生きたいと思った矢先にこれか
やっぱり私は呪われていたのだ

"でこぴん"の呪い

私の身近な死は全てでこぴんと隣り合わせ

でも、自然と悔いはなかった
大切な人を守れて死ねるなら私はそれでいい
死んでも大好きな人達のところに行くだけ
強いて挙げるなら
龍くんとデートは行きたかったかな

「バイバイ、龍くん。大好きだよ。」

私はそう呟いた



「バーカ」
「真衣子はまだ」
「来ちゃダメだよ?」

"パチン"

聞き覚えのある声とともに
私の額には三つの痛みと懐かしい温かさが走った

ふと我に返ると私は路肩に座り込んでいた
何故か私も車に轢かれずに済んでいた
何が起こったかは分からないが
確かなのは聞こえた声と額の三つの痛み

その痛みに気を取られていると
急に力強く抱き締められた
相手は龍くんである

「良かった!本当に良かった!」

龍くんの顔は涙で溢れていた
そして力強く抱きしめながら
私を心配してくれていた
その優しさに私も涙を流し龍くんを抱き締め返す

私にとって"でこぴん"は呪い(のろい)だ

大切な人達を奪う呪い

しかし

私にとって"でこぴん"は呪い(まじない)でもあった

大切な人達が私を守るための呪い

ーFinー

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