YSS 第一弾
※YSS(やん太郎ショートストーリー)
【愛娘からの手紙】
「佑子!結婚!おめでとう!!!」
パーン!パパーン!パン!
煌びやかな光が宙を舞い
会場全体が幸せを祝う音や香りで
溢れかえった
「ありがとう!みんな!」
流行りの女性ダンスグループの格好をし
仕事の合間をぬって練習してくれて
私のために出し物を披露してくれた
同僚たちに笑顔で感謝を述べた
そう
今日は私
小林裕子
改め
大久保裕子の
結婚式である
式は純白のウェディングドレスを着て
バージンロードを渡り
夫との誓いを交わしたあと
皆からたくさんの花吹雪を見せてもらった
現在は
仲人である職場の上司の長い演説も終わり
同僚や友人たちの出し物を楽しみ
ざっくばらんな披露宴の最中である
私は最初
式を挙げるつもりはなかった
色々と理由はあるが
一つめは年齢
初婚ではあるが現在44歳
そんな年増の私が
ウェディングドレスを着て
笑顔を浮かべている姿
想像しただけで恥ずかしく感じた
だが
やってみないと分からないことばかりの
そんな世の中
こんなおばさんでも
やはり
子供の頃に一度は憧れた花嫁姿
興奮が隠しきれず
終始頬が緩んでしまっているのが
自分でも分かる
二つ目の理由は─────
「ゆ〜こ!」
「優月!」
今話しかけてきた女性は
中里優月
小学生からの幼馴染みで親友である
式は何歳になってもした方が良いと
背中を押してくれた大恩人でもある
「いや〜、やっぱり似合ったねウェディングドレス」
「ホント?ありがとう」
「良かったでしょ?式挙げて」
「うん、本当に感謝しております」
「あ、そうだ。ねぇ、大丈夫?」
「ん?何が?」
「裕子も主役だから大変だろうけど…佳(ケイ)ちゃん、大丈夫?」
「あ…」
優月の視線の先
そこに居たのは一人の20代くらいの女性
彼女の名は
小林佳
改め
大久保佳
私の一人娘である
先程も言ったが
私は初婚である
しかし
佳はちゃんと血の繋がった
私が産んだ娘である
佳は私が19歳の時に産まれた子で
当時高校時代から付き合っていた
彼氏との間にできた子だ
しかし
当時の彼は佳を認知はしてくれなかった
堕ろすことも考えたが
私には産まれてくる命を
無かった事にする事は出来なかった
当時、両親とは反りが合わず
家を飛び出るように実家から
遠く離れた土地に就職していた
しかし
会社に妊娠がバレた時は風邪当たりが強く
嫌がらせも続き辞職することとなった
親も彼も働き口も頼るものがなかった時に
唯一救ってくれていたのが優月だった
彼女のおかげで佳を産むことも
その後の働き口も見つけることが出来た
その後は佳と─────
色々とあったが二人で長らく暮らしてきた
そして今は三人で暮らすこととなった
「いやぁ!小林くん!おめでとう!いや、大久保くんだね今は!」
「あ、専務。仲人と挨拶、誠にありがとうございます」
「いやいや、そんなことより!ほらこれ、結婚祝いのお酒!上等だよ〜!ささ、一杯!」
私はそれを見て鳥肌が立った
「あ、専務、申し訳ございません、私、お酒は…」
「あれ、そうなの?でも良いお酒だから、口をつけるだけでもさぁ」
程よく酔われている専務
その行動にたじろぐ私
その間に入ってきたのは
真っ赤な赤提灯のような顔をした夫であった
「専務!!!ご挨拶ありがとうございます!!!この御恩は一生忘れませぇえん!!!」
「お、おおぅ、大久保くん……」
「僭越ながら私!大久保晃志!飲ませて頂きます!」
夫はカップに入ったお酒を
ぐびぐびと飲み干した
「おぉ、大久保くん、凄いねぇ……」
専務も夫のあまりの勢いに気圧され
そそくさと円卓へと立ち去っていった
「晃志くん、大丈夫?」
「だいじょうずでず、だいじょうず、こうみえて、おさへは、つよいほほうなんで」
「もう、無理しないでよ」
「ゆっこさんも、むりしないでくださいよ!」
「え?」
「ぼくは!ゆっこさんのぶんまで、おさへ!のむんで!ゆっこさんは!ちゃんとやくほく、まもっててくださあい」
その言葉に私は思わず笑顔が溢れた
「ふふ、ありがとう」
色々とあった後
32歳の時に今の会社に入社した
元々仕事はできる方だったので
瞬く間に結果を残し
38歳の頃にはチームリーダーを
任されるほどの立場になっていた
そしてその頃に
新入社員として入ってきた
当時25歳の若者が
私の夫
大久保晃志である
彼の真っ直ぐさ
素直さ
真面目さ
そんな姿が今ではたまらなく愛おしく
そしてやはり
この人と結婚できた事の幸せを
今改めて噛み締めた
お色直しの後
夫がトイレに駆け込んだハプニングは
あったものの
披露宴自体は円滑に進み
残るは新郎新婦の退場のみとなった
新郎新婦の席から立ち上がり
夫と腕を組み
退場口へと体を向けた時
司会の女性の方が喋りだした
「それではここで新婦のご長女様である大久保佳さんから新婦裕子さんにお手紙があるそうです」
「え?」
私はおろか
夫も知らない様子であった
私たち夫婦の直線上に
スポットライトが当たった
そこには
佳の姿が
司会の女性から渡されたマイクと
佳が書いてきたであろう手紙を広げ
佳が言葉を紡ぐ
「私は、母が大嫌いでした。」
衝撃の書き出しに
幸せに包まれた空気が
一瞬にして凍りついた
しかし
私はその言葉に驚きはしなかった
「私には産みの父親はいません」
「だから母だけが私の唯一の家族でした」
「しかし、母は私を産んだことで当時勤めていた会社を辞めさせられ、親にも頼れず、一人で私を育ててくれました」
「けれど、頼れる人が少ない状況で私を育てるのは母には重荷だったようで、母はいつしかお酒に頼るようになりました」
「仕事から帰ってきてはお酒を飲み、休みの日は人が家に来る時は取り繕うが、そうでなければ一日中お酒を飲んでいました」
「泣きながらお酒を飲み、怒りながらお酒を飲み、苦しみながらお酒を飲む」
「そしてついに母は、私に手をあげるようになりました」
私は自身の手を見つめた
『いつになったら泣き止んでくれるの!』
『もういい加減にして!』
私は自分の手を強く握りしめた
「5歳の時、異変に気づいてくれた、母の友人が児童養護施設に私を保護してくれました」
「私は子供ながらにほっとしました」
「ようやくあの怖い人から逃げられる」
「なんであんな人が私の家族だったのだろう」
「そう思いながら、私はその後の人生を楽しく過ごしていました」
「しかし、小学校を卒業し、中学に上がる頃、私はまた悪夢に包まれることになりました」
「それは母と再び暮らすことになったのです」
「私はまたあの人と暮らすと考えただけで吐き気がしました」
「血が繋がってるだけで家族でもなんでもない人となぜ一緒に暮らさないといけないのか」
「当時の私には理解できませんでした」
「7年振りに会った母は別人のような顔をしていました」
「当時は乱れ荒れに荒れた形相だった記憶しかない母の顔、しかし私が再会した母は素朴ながらとても綺麗な女性でした」
「それでも当時の私は疑心暗鬼になっており、どれだけ取り繕ってもすぐに化けの皮は剥がれる、そしたらまた元の生活に戻る」
「そんな事を思っていました」
「けれど母はちゃんと母親をやってくれていました」
「そして何よりお酒を飲む姿を見なくなりました」
「私はその姿を見ていながら母を信じることが出来ず、今度は私が人様に迷惑をかける存在になっていました」
私の脳裏にとある光景が浮かぶ
──────────
スーツ姿のまま街中をかける私
辿り着いた場所は警察署
署内の生活安全課に直行し
そこに居たのは
女性の警察官と一緒にいる佳
私を見るやいなや怪訝な表情を浮かべた
どうやら万引きをしたらしい
「うちの娘がご迷惑おかけしました」
「まぁ、今回は厳重注意で、次からは気をつけてください」
「分かりました」
私たちの会話を聞かずに歩き出す佳
私は急いでその後を追う
「佳、どうしてこんなこと?」
「……」
「欲しいものがあったならお母さんに…」
「勝手に母親面してんじゃねーよ!」
「……」
「私はあんたを母親とは認めない!周りからなんと言われようと、あんたがどれだけ更生しようと!私には家族なんて居ない!家族なんて要らない!」
ぱん!
私は佳の頬を叩いていた
「ほら!見た事か!あんたはまた私に手をあげた!今度は酒も飲まずに!そんなに私に腹が立ったか!」
私は口八丁に捲し立てる佳の肩を
力強く握りしめた
「いい加減にしなさい!佳!」
「……」
「あなたが私を許さないのは当然のこと、それだけの酷い事を私はあなたにした…だからそれに関してとやかくは言わない、けど!絶対に人に迷惑はかけちゃダメ!私にはどんな迷惑もかけていいけど、他の人には迷惑はかけちゃダメ」
「……」
「私はあなたの母親だから、どんなに恨まれようと迷惑かれられようとあなたを絶対に見捨てない、だからあなたも絶対に他人に迷惑はかけちゃダメ、なぜならあなたは優しくて素敵でいい子なんだから」
──────────
披露宴での佳の手紙は続いていた
「私は、母が私にした事を許すことはありません」
「けれども、母は私の唯一の家族です」
私の目に熱く込み上げてくるものがあった
「私も母と同じくゆっくりと更生していきました」
「そんな中、二人で決めた約束があります」
「私は他人に迷惑をかけないこと、母は二度とお酒を飲まないこと」
「母はそれに加えて家族二人で暮らしていくを付け加えようとしました」
「私も最初はそれがいいと思いました」
「けど、こんな欠点まみれの母娘を受け入れてくれる人が母に私に見つかりました」
「晃志さん、いや、お父さん」
夫は涙を流していた
「不束者ですが母娘共々これから大変お世話になります」
「そして…」
佳の声も震えている
「お母さん…三人で幸せに暮らそうね」
「改めて…結婚、おめでとう」
「…ありがとう…」
私はいつの間にか佳に歩み寄っていた
そして私と佳は優しく抱きしめ合った
この子の良き母親になろうと
決めたあの日から
ただの一滴もお酒は飲んでいないのに
今日はなんだか
涙が止まらない
ーFinー