YSS 第十二弾
【一日は挨拶から始まる】
朝5時30分
目覚ましのアラームを
眠たい目を擦りながら止める
大きな欠伸をしながら身体を伸ばす
ベッドから降りカーテンを開け
早朝の微かな朝日を浴びる
私、水山 茉葵(まき)
高校2年生の一日は実はまだ始まっていない
自室を出て洗面所に向かう
冷たい水で顔を洗いうがいをして
ボサボサの寝癖を直す
リビングに向かい家族と言葉を交わしながら
母の作った朝食を食べる
私の一日はまだ始まっていない
歯磨きを終え、制服に着替える
授業の準備と部活の準備をし
姿見で身だしなみを整える
そして6時15分家を出る
最寄りの駅まで速足で向かい
6時30分発の電車に乗る
電車に揺られる私
停車する駅から部活のチームメイトが乗ってくる
チームメイトと談笑をしながら
高校近くの駅を目指す
私の一日はまだ始まっていない
6時50分
駅に到着する
6時55分
学校に到着する
朝練のため体育館に向かい
更衣室で部活着に着替える
先輩が来る前に準備を終え準備運動を行う
先輩が来ると朝練が始まる
パス回し、レイアップ、フリースロー等の
基礎練を行い、3on3、5on5等の実践練習を行う
8時5分
朝練が終わる
もうすぐ私の一日が始まる
体育館から教室に向かうには
一度、下駄箱に向かわなければならない
私は急いで下駄箱に向かう
その理由は
「おはよう!兼村くん!」
私は少し息を切らした状態で下駄箱に着き
そこにいた男子生徒にそう言葉を発した
「おう、おはよう、水山!」
男子生徒はそう返事をした
兼村 修(しゅう)くん
私と同じ高校2年生でクラスメイト
そして、私が恋心を抱く人
兼村くんとの出会いは1年の時
その時も同じクラスで
最初はただのクラスメイトだった
兼村くんは陸上部に所属しており
彼もまた朝練を終えて
グラウンドから下駄箱にやってくる
朝練を終える時間が近いため
1年の時から私達は下駄箱で度々会うのである
最初は彼からだった
クラスメイトだからと言われれば
それまでなのだが、初めて彼と下駄箱で会い
まだ満足に会話もしたことがなかった私に
爽やかな挨拶をしてくれた時
私は心が洗われた
それ以来、下駄箱での兼村くんとの
挨拶が私の一日の始まりとなった
もちろん
下駄箱だけで私の兼村くんへの恋心が
留まっている訳では無い
教室でも会話はするし
何度も隣の席になったこともある
最近では兼村くんが好きなアーティストの
曲に私もハマっている
今日も挨拶が出来たおかげで
私は一日を元気に過ごせる
そう思いながら午前中の授業を受けていた
すると、お昼休みの時
兼村くんが私に話しかけてきた
「あ、水山、ちょっといい?」
「ん?なに、兼村くん?」
告白、とは思わない
おそらく先日発売されたばかりの
アーティストのシングルの話題だろうと
私は思っていた
しかし、兼村くんの持ち出した話題に
私は困惑した
「水山ってバスケ部だよな?」
「うん。」
「3年の先輩にさ、端岡さんっているよね?」
「うん。」
「端岡先輩って彼氏とか居たりする?」
「えっ…?」
私はその問いに一瞬、頭が真っ白になった
端岡クレア。
バスケ部の先輩で部長を務める彼女
アメリカ人と日本人のハーフでうちの高校で
いや、この辺りの高校で
知らない人は居ないほどの美人である
とても凛々しい人であり
先輩としてもバスケプレーヤーとしても
尊敬のできる人である
私にとっても憧れの人
しかし、この話は別である…
「ごめん、分からないなぁ…。今度聞いておくね…。」
明らかに元気が落ちた私
「ホント?悪いな、今度お礼するよ。」
兼村くんはそう言い私のそばから立ち去った
その日の放課後
いつも通り部活を始めるバスケ部
私の視界に端岡先輩が映り込む度
私の身体は少し反応していた
そして
部活の終わりを告げるチャイムが鳴った
片付けを行い制服に着替える
私は端岡先輩の元に向かう
先輩は体育館の鍵を閉めて
職員室に返す役割がある
1人で戸締りを確認している先輩に私が話しかける
「先輩。」
「ん?どうした、まっきー。」
"まっきー"は私の部活でのアダ名だ
「あの…先輩って彼氏いるんですか?」
「ん?」
なんの脈絡もない質問に少し呆ける先輩
「あ、あの、ウチのクラスの男子が先輩に彼氏がいるかどうか知りたいらしくて…。」
何故か言い訳をしているかの如く喋る私
すると、先輩は少し真面目な表情に変わった
「ふーん…そっか…。じゃあ、その子に言っといて。私は女の子を伝書鳩みたいに扱う男はタイプじゃないから。私と付き合いたいなら当たって砕ける覚悟で自分で来いってね。」
そう言い少し決めポーズをとる先輩
単純にその姿にカッコイイと思ってしまった
先輩の姿に見惚れていた私
すると、先輩がいきなり私の頭を撫でる
「まっきーも自分の気持ちは素直に伝えた方がいいよ。」
「えっ…。」
「よし!帰るよ!」
私の一日が着実に終わりを迎える
その日は先輩と話してから寝るまで
終始上の空だった
次の日
いつも通りの朝を迎えて
一歩一歩と一日の始まりに歩み寄っていた
そして
朝練も終わり
もうすぐ一日の始まりを迎える
今日は兼村くんより先に下駄箱にたどり着いた
そして
数秒遅れで兼村くんが朝練からやってきた
「おはよう、水山!」
「おはよう、兼村くん。」
靴から上履きに履き替える私達
私はあの話題を持ち出す
「あ、兼村くん。昨日の話なんだけど…。」
「ん?」
「端岡先輩の。」
「あぁ!ごめんな、変な頼み事して。」
「ううん、あ、それで先輩なんだけど、人伝えで聞くんじゃなくて、当たって砕ける覚悟で自分で聞きに来いって。」
「おぉ…強ぇなぁ…。カッコよ。」
「だよね。」
少しばかりの沈黙
そして私は話を切り出す
「兼村くんは端岡先輩のどこが好きなの…?」
「え?」
「え?」
私の質問に身に覚えなさげな兼村くん
すると
少し焦り気味で兼村くんが喋り出す
「あ、いや、違う違う違う!俺じゃなくて、陸上部の先輩がさ、端岡先輩のことが好きで、彼氏いるのかなって話になって、誰かバスケ部に知り合いいないのって言われてさ、それで昨日の感じになったわけで。」
兼村くんの話を聞きながら
どこか安堵していた私
しかし、その安堵は一瞬だった
なぜなら、兼村くんは衝撃の言葉を口走ったから
「それに俺、好きな人いるし…。」
「えっ…?」
「あっ…いや、なんでもない。そろそろ教室行こうか。」
動揺しながら何故か顔を赤らめる兼村くん
そして
即座に教室に向かおうと一歩を踏み出す彼
私は瞬発的に彼の腕を掴んだ
腕を掴んだ自分自身も
腕を掴まれた兼村くんも
驚きを隠せていなかった
しかし
私の頭にはとある言葉が浮かび上がる
(まっきーも自分の気持ちは素直に伝えた方がいいよ。)
「知りたい…。」
「えっ…?」
「兼村くんの好きな人知りたい…。ダメ?」
真っ直ぐな目で兼村くんを見つめる私
少し動揺していた兼村くんも
私の目を見つめてくれている
そして、彼の目が真剣なモノへと変わった
「うん、言うよ。俺の好きな人。」
「うん。」
「俺の好きな人は…。」
私達の恋はまだ始まったばかりである
ーFinー