ヤコブの梯子(Jacob’s Ladder)

ユダヤ教徒の30%にあたる人々は転生を信じているとされる。ヒンドゥー教の輪廻転生とは少し違うので、ここでは転生とする。キリスト教は転生を否定し、反対に転生を肯定するのは異端となってしまう。

ブライアン・L・ワイス医師は、『前世療法』の中で、転生に関するキリスト教史について言及している。西暦325年に時の皇帝コンスタンティン帝が新約聖書の転生に関する記述を削除した。そして、西暦553年の第二コンスタンティノポリス公会議でこの削除が公式に決まり、その後は異端とされたそうだ。

もしそれが真相ならば、ヨハネの黙示録22章19節「また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる」に従って裁かれるように思うのだが…。

話を戻すと、ユダヤ教にはゾハールと言うカバラの教典がある。タイトルの『ヤコブの梯子』はゾハールなどに登場するセフィロトの樹(生命の樹)のことである。クリスチャン・カバラだとセフィラは10個で表される。だが、ヤコブの梯子は、セフィロトの樹が4つ重ね合わさるようなカタチをしていて、28〜29個のセフィラを持っている。

ユダヤ教のカバラでは、魂にも年齢があるとされる。魂の成長は、そのヤコブの梯子を登るようなものだとされる。一度の人生では頂上まで登り切れるものではないので、何度か転生をする必要がある。転生においては、ひとつの死を向かえた時に到達していたセフィラから、新しい人生を始めることになる。

肉体の年齢と魂の年齢は別モノである。ヤコブの梯子でかなり高い位置のセフィラに到達している魂であれ、生まれてきた時は赤ん坊であり、肉体の年齢は0歳から数えられる。しかし、何度も転生を繰り返した魂にとっては、その時点で通算300歳だったり通算500歳だったりとなるのである。

いいなと思ったら応援しよう!