なぜ人は詐欺に引っ掛かるのか
夜、ファミレスの駐車場に入ると、暗くて線がよく見えなかった。目印となる車も近くにない。停車したあと、脇を見やると、私の車が同じ列のほかの車より少しズレているのが解った。しかし車はまばらだから、このままエンジンを切るがいい。私は外に出た。ファミレスに入った。
隣の席に若い男がいた。ふたり。先輩後輩らしかった。
先輩が、「そして、順番に電話を掛けていってくれるかな。そう、そのLINEの友達の、上のほうからひとりずつ全員に」
後輩は頷いていた。私はスパゲティを頼んだ。
「電話が繋がったら、このサービスのことを知っているか、まず確認して……このサービスのことを知っていたら面倒だから、知らない人を誘ったほうがよくて。効率の問題だよ」
つまりマルチだったが、後輩があまりにも従順に聞くから、一周回ってマルチには見えなくて可愛かった。私はスパゲティを食べた。
ひと通りマルチの説明も済むと、先輩は背もたれに体を預けて、「この前セミナーで聞いたんだけど……人間には2種類しかいないんだよ」セミナー、という言葉があまりにマルチすぎ、一周回ってマルチには見えなくて可愛かった。
「二種類ですか」後輩が言った。おうむ返しなのも、とてもいい。
「要するに、空気を読む人間か、空気を動かす人間……空気を動かすだけなら誰にでもできるけど、『こっちに進め』って先導できるのは、選ばれた人間だけだそうだよ」
たとえばその先輩がマルチ商法の台本を持ち、文章をなぞっているのだとして、その場合、ばかばかしいのは教科書のほうなのか、先輩のほうなのか、どちらなのだろう。
「実を言うと俺も、空気を動かすのは苦手なんだけど……じゃあどんな人がそれできるかって言うと、お前みたいなやつなんだよな」
この定型文が編み出された時代は、まだこの定型文はばかばかしくなかったろう。この定型文を考えた人は胸を張るがいい。ばかにされるべきはこの先輩だ、いや、そうだろうか? この先輩がこの定型文に出会ったのは今回が初めてなのかもしれない、もしかすると、この先輩はこの定型文を自力で編み出したのかもしれない。それならば先輩も胸を張っていいかもしれない。むろん後輩も胸を張っていい。
そこでスパゲティを食べ終わった。支払いをして外に出た。私の車の隣に、一台車が増えていた。ズレた私の停車位置にぴったり合わせるように停車しており、つまり私も、空気を動かす側ということか。