同窓会にコブラ
「言ってなかったけど、この前、福井から福岡へ引っ越した」と Aが言った。「事後報告でごめん、秋に双子が産まれた」とBが言った。「実はこの前、世界をクルージングしてきた」とCが言った。おめでとうとみんなは言った。私もそう言った。
「初めて言うけど、半年前事故に遭った」とDが言った。「わざわざ言うことじゃないと思ってたから言わなかったんだけど、父親が体を壊したから一緒に住み始めた」とEが言った。「黙ってたけど、いま、へそに小さなコブラが噛みついてる」とFが言った。それは大変だとみんなは言った。私もそう言った。
お会計を済ませ店から出た。外はすっかり暗く、積もった雪は凍結していたが、お酒を飲んだおかげで寒くはなかった。AとB、Eは街の奥に消えた。私は、C、Fのふたりと徒歩で駅を目指すことになった。
「へその感覚がなくなってきた」とFが言った。「コブラを潰してしまえばいいんだが、潰しかたが解らない」そのスウェットの腹部はもぞもぞ動いていた。心配だとCが言った。私もそう言った。そのあいだにFの唇は紫になり、歩速が下がった。
「そうだ」Cが歩速を上げながら言った。「クルージング中に撮った動画をまとめないと。本当にごめん、俺はもう行くけど、もし家に帰ってもコブラが取れなかったら、連絡してくれていいから。必ず助けるから。なぜなら友達だから」その背が角に消えた。
Fのスウェットがばたばた動いていた。コブラが強く噛みついているのだとして、ならばFはもう少しで倒れるかもしれない。その前に私はなにか言葉をかけるべきかもしれなかった。ありがとうと私は言ってみた。だがなにに感謝しているのか解らず、とりあえず、「コブラが噛みつき終わってから教えるんじゃなく、噛みついてる段階で教えてくれて、嬉しい。だって、ここのところ報告って事後報告ばっかだもんね?」と付け足してみたとき、Fが視界から消えた。下から衝突音がした。彼は地面に倒れたのだった。
Fは動きを止めていた。うつ伏せているから、コブラも潰れてしまったかもしれない。解らない。だが確認をせずとも、Fが倒れた、という話を同窓会ですることはできるし、それ以上詳細に聞きたがる人はいない気がした。私はただ見下ろしていた。暖かかった。地面の雪に赤黒い染みが広がってきた。Fはまだ動かない。
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