なぜあなたは他人の結婚を祝えないのか

結婚はすばらしい。なぜなら、楽しいという感情を、私に与えるため。

先日、中学時代の部活のラインがひさしぶりに動き、誰から言い出したのだったか、オンラインで飲み会を開くことになったのだが、私は不参加であるため、「今から始めるよ」「これちゃんと招待できてる?」「しっかり〜笑」といったやりとりを、プッシュ通知で眺めることとなり、とても楽しかった。

しばらくしてプッシュ通知はなくなり、ビデオ通話が始まったようだ。会話は不明になり、私は風呂に入ったり、テレビを見たりした。何時間かして通話は終わった。「今日はありがとう」「ありがとう」やりとりがいくつかプッシュ通知で届き、それ以後、プッシュ通知は途絶えた。私は寝た。

翌朝目覚めると、新たにプッシュ通知が湧いており、私はそれを順に読んでいき、楽しいという感情になった。

そして、あるところで部員Aが部員Bに、「まずB、おめでとう。今度会えたら直接おめでとうと言わせてくれ!」と言った。つまり、Bは結婚したのであるはずだ。私たちの年代でお祝いごとといえば、結婚しかない。ほかにめでたいことなどない。

ところで、私以外にも、オンライン飲み会に参加できなかった部員がいた。Cだ。Cも、Bが結婚したことは悟っているはずだ。にも関わらず、「どういうことだ。Bに何があった」と訊いた。そういえばCは、AやBが部活を不当に休むとき、彼らのサボりの理由を考えてやっていた、誰に頼まれたわけでもないのにな。

それは関係ないのだが、Cの質問を受けてAが、「それはBに直接訊いてくれ!」と言った。私は、楽しいという感情になった。こういったつまらないやりとりを見るとき、私は楽しいという感情になる。

数か月後、突如、グループトークが組まれた。B以外の部員全員が招待されたグループだ。そこでCが、「みんな知ってると思うけど、Bが結婚した! お祝いの品を家に送ろう!」と言った。私はプッシュ通知でそれを見た。そして、急いで納戸へ行き、ウイスキーを取り出し、部屋に戻った。

「いいね、C、企画ありがとう!」と誰かがつまらないことを言っていた。「いや、これはAの発案なんだよ!」とCがつまらないことを言った。私はウイスキーを開け、飲み始めた。お酒は、楽しい感情のときに飲むと、楽しい感情がさらに増すとよく言う。だからウイスキーを飲むのだった。

プッシュ通知を眺め続ける。当のBには内密のまま、話が進んでいく。最終的に、後日ふたたびBを交え、オンライン飲み会を開くことが決まる。その飲み会の途中、B宅にプレゼントが届く算段となったのだった。完全につまらなかった。私の手の内でウイスキーがどんどん減っていった。

Bを交えたオンライン飲み会の当日、私は不参加であるため、家でウイスキーを飲みながら、プッシュ通知を眺めていた。B以外のメンバーは揃ったらしい。ところが、肝腎のBがなかなか参加できずにいるようだ。「いま仕事終わって帰ってる」という言葉を最後に、Bからの連絡は途絶えていた。

二時間後、痺れを切らしたAが言った。

「B、家遠くね?」

そのとき私は、ウイスキーの瓶を床に叩きつけようかと思った。嫌な気分のときに酒を飲むと、嫌な気分が増すとよく言う。私はAのことが許せなかった。ちょっとおもしろいことを言った彼のことが許せなかった。部員たちは、私に楽しいという感情を与えるため、つまらないことをずっと喋っていればいいはずだった。であるのにおもしろいことを口走るとは、分不相応でおかしいな?

その後、Bが合流した。どうして遅れたのかは解らない。理由を喋ったのかもしれないが、私は通話に参加していないから解らないし、そもそも興味がない。私は風呂に入ったり、テレビを見たりした。しばらくするとオンライン飲み会は終わった。

前回の通話と異なり今回は、通話が終わったあとも長いこと、文面でのやりとりが続いた。「プレゼントありがとう!」Bがキャイキャイ言っている。「ケーキもはやく届くといいな〜」誰かがキャイキャイ言っている。その言葉から、部員たちはBにケーキを送った、と推測することができる。私はウイスキーを飲み始めた。さっき瓶を割らなかったため、ウイスキーはまだ瓶のなかにあり、ウイスキーがこぼれた場合と比較すると、飲むことは容易だった。

「ケーキ食べるところの動画送ってね〜」と、誰かが言った。そうだ、と私は思った。そういうことを言っているがいい。そういうことを言ってくれれば、私の酒は順調に進むため。

ウイスキーは空になり、私は床で目を覚ました。吐き気がした。ラインを見ると画像がアップされていて、その写真の中でBは、ケーキを持っており、隣には女がいて、これはBの妻であるはずだ。ケーキには写真が乗っており、その写真の中で、Bと女が破顔していた。そして画像の下に添付されたBの言葉は、「自分の顔を食べるなんて初めての経験だったよ笑」というものだ。私はウイスキーを探したが、ウイスキーの瓶のなかにウイスキーはない。昨日飲み切ってしまったため。まだ飲みたいのだから、いまから納戸に歩いていく必要があるはずだ。

納戸からウイスキーを取り出し、栓を開け、瓶に口をつけて飲み始めると、吐き気が消えていくのが解った。飲むことで吐き気が生まれるとしても、飲むことで吐き気を消すことができるなら、ずっと飲んでいることができるはずだ。つまり未来永劫楽しい感情でいられる。結婚はすばらしい、私にここまで楽しいという感情を与えるのなら。


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