きょうのわたし 第2話〜初ライブを振り返る〜
人生初ライブは3歳
わたしの人生で一番最初のライブ、というか、はじめてきちんとしたステージの上でお客さんの前で演奏したのは、3歳の時のバイオリンの発表会かなと思います。
もちろん記憶には何も残っていないのですが、矢内家のホームビデオにはきちんと残されていて、これがそこそこの傑作なもので、家族が集まるたびに何度となく酒のつまみにされてきた映像です。
余談ですが、矢内家のホームビデオに残されているわたしの幼少期は、自分で見ても(自分で見るから?)かなり面白いものが多く、数々の迷言も残されているので、これもまたいつかどこかでお話しできたらと思っております。
さて、はじめてのバイオリンの発表会に話を戻すと、おそらくわたしがバイオリンをはじめたのが3歳だと思うので、習いはじめてすぐの発表会ということになります。はじめたばかりの3歳ができることといえば、ひとつの音をゆっくり長く弾くことくらい。
ド〜〜〜〜レ〜〜〜〜ド〜〜〜〜、みたいな、本当にそんな感じ。
てちてちとステージの真ん中まで歩いてきてお辞儀をしたちび矢内景子が、ただひたすら、ド〜〜〜〜レ〜〜〜〜ド〜〜〜〜をピアノの伴奏に合わせて弾きはじめるのですが、弾いてる最中にふと、一番前の席で親戚のおばちゃんが見てくれていることに気づくんです。
知ってる顔を見つけて嬉しくなっちゃったんでしょうね、おばちゃんの顔を見て、ニコっと笑顔になったちび景子を見て、おばちゃんもニコッと笑い返す。するとさらに嬉しくなってニコーーーーーーと満面の笑みで、ド〜〜〜〜レ〜〜〜〜ド〜〜〜〜を弾く。あまりの突然のニコニコちび景子に会場から笑い声が起こる。そして会場の笑い声でさらに嬉しくなってニッコニコーーーーとしたその瞬間、
ちび景子はバイオリンの弓を落としてしまいます。しかしちょっとの間ニコニコに夢中で、自分でも弓を落としたことに気づいていない・・・?会場に湧き上がる笑い声。一緒に笑うちび景子。
っておいおい、あなた、発表会で、弾くことに集中しないで(しかもただのド〜〜〜レ〜〜〜ド〜〜〜だけなのに!)、弓まで落として、何ニコニコ楽しそうにしてるんだ!!!
と、大人景子は思ったりもするのですが、なんせ楽しそうで、幸せな空間で、いまだにその映像をみると腹が捩れるほど笑ってしまいます。
誰かが笑ってくれるから
小さい頃の体験ってかなり根強く自分の中に残っているなと思うことが多いです。歌やバイオリンや、そのほかの表現自体も、もちろん自分が「やること自体」が好きということはあるんですが、やっぱり「わたしがこれをすると喜んでくれる人がいるんだな」ということを感じてきたから続けてきた気がします。
わたしは大学時代に、すさまじい量のアルバイトをしていたのですが、これは何か欲しいものがあったとか、そこで学びたいことがあったとか、そういう理由ではありません。当時は今より自分に自信がなくて、「あれ、わたしってなんで生きてるんだろう」と考えることが多々ありました。若いですね。
とにかく、アルバイトをすると働いた対価としてお金がもらえますよね。雇い主がお金を払うということは、わたしがしたことが少なからず役に立っているという証だから、大丈夫だ、今日もちゃんと誰かの役に立っている。と安心するためにバイト漬けになっていた、みたいなところがあります。
自分が誰かの役に立てているかを自分で判断することほど烏滸がましいことはないとは思いますが、それでもわたしは自分自身の自己満足のために、誰かの役に立っていたいなと常々思っています。
ものを作る時に譲れないことはたくさんあるし、万人が良いと思うものを作りたいとは全く思わないけれど、それでも誰一人として良いと思ってもらえないものを自分のためだけに、それこそ山に篭ってでも作りたいとも思わないわけです。あなたが喜んでくれるから、あなたが笑ってくれるから、だからわたしは何かを作ろうと思えるんだなと。
3歳のちび景子は実は本質的で、その時のわたしにできることは素晴らしい演奏を届けることよりも、みんなと一緒に笑顔を広げることだったのかもしれないですよね。
わたしは今でもライブが大好きですが、それはわたしの信じるものを、一緒に信じてくれる人がそこにいるから。一緒に笑顔を広げてくれる人がいるからだなと思います。
誰かの力になりたい、という想いは今も強くありますが、わたしが誰かの力になれている同じ瞬間に、誰かがわたしの力になってくれている。そういう同じ空気の中で起こる力の共鳴みたいなものを大事に、これからも作品を届けていきたいと思っています。
きょうの結論
今日の12時に、12月20日にやないけいこワンマンライブ開催の情報解禁をしました。(みなさん、もちろん予定はもうおさえてくれましたよね?)
その告知にあわせて、「ライブ」というものについての想いでも綴ろうかなと思ったら、話が逸れる逸れる。
つまりはわたしはそういう人間なのです。伝えたいことは、まだまだ山ほどあるわけです。noteのやりがいがありますね!
そんなわけで話が逸れたり膨らんだりしながら、また気ままに綴る次の記事まで。おやすみなさい。
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