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0258.あるがままを
俺はまったくの未婚なので、配偶者も子もない。
けれど、たったひとり、大切な家族がいる。
母親である。
俺が3歳の時に、母は配偶者を病気で亡くした。
俺の父親である。
それから、母は、働いて働いて、俺を育ててくれた。
裕福ではないけど、俺は辛い思いをしたことがない。
父親はいないけど、悲しいと思ったことはない。
母がいたから。
母は、75歳まで働いた。
最後の職場は、電車で 1時間かけて通勤するビルの清掃だった。
その母に、俺は、いままでどれだけのことをしてやれただろう。
去年の夏は暑かった。
今年の夏ほどではないけど、去年も暑かった。
母の健康を保つために、車で行って、一緒に運動公園を歩いたりしていた。
去年の夏は、それをやらなかった。
母が暑がるし、俺も汗をかきたくないので、去年の夏はやらなかった。
そして、今年も、以前のように、特に歩くことをしていない。
結果は如実に表れた。
母の足腰が、以前よりも弱った。
91歳なので、当然と言えば当然なのかもしれない。
でも、もっと歩いてさえいれば、違っていたかもしれない。
そう思ったりする。
それ以外のこと、肩の痛みや、物忘れが多いこと。
もっと、何かしてやれることはあったかもしれない。
でも、「認知症の検査に行こう」なんて、高齢の母親に言えるだろうか。
最近は、老いていく母を受け入れることができるようになった。
なにか先手を打とうとするから、思うようにいかないから、焦れる。
あるがままを受け入れようと思った。
そして、母に、“正しさ” を強要しないように心がける。
これが、理屈っぽい俺には、難しいのだけれど。
それが、母に対する俺のせめてもの思いやりなのかなと思う。
正解は無い。
でも、悩むことはよそう。
俺が笑顔でいて、母も笑顔でいられさえすればいい。
何が幸せか、何が不幸せか、正解は無い。
不幸せだと思うことが、不幸せなのだ。
未来を、過去を、思い悩んで、現在の笑顔が曇るのは良くない。
母が亡くなって、俺がひとりになって。
「ああ、歳を取るってこういうことなんだ」と、身をもって知るだろう。
そして、亡くなった母を想い、後悔にのたうち回るだろう。
それも受け入れよう。
覚悟しよう。
あるがままを。
柳 秀三