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脳梗塞の梗塞巣別の機能障害と介入方法まとめ
はじめに
脳梗塞(脳卒中)は世界的に重大な健康問題であり、年間約1,370万人が罹患し、約550万人が死亡すると報告されています。frontiersin.org
脳梗塞後に残る機能障害は、病変部位によって多彩であり、患者の予後や必要なリハビリテーション介入法に大きく影響します。
例えば、大脳皮質の梗塞では失語や半側空間無視などの高次脳機能障害を伴うことがありますが、内包など深部構造の梗塞では純粋な運動麻痺や感覚障害といった限定的な症状が現れる傾向があります。stroke-lab.com
本レビューでは、脳梗塞の部位ごとに生じる代表的な機能障害とその病態生理を整理し、理学療法(PT)および作業療法(OT)のエビデンスに基づく介入方法を概説します。
さらに、最新の研究知見を引用しつつ、部位別リハビリテーションの現状と今後の展望について論じます。
大脳皮質梗塞による機能障害
代表的な症状と病態生理
大脳皮質が梗塞に陥ると、担当する機能に対応した障害が生じます。代表的な症状は以下の通りです。
運動麻痺・感覚麻痺: 一次運動野や体性感覚野の損傷により、対側の片麻痺や感覚障害が生じます。中大脳動脈域の皮質梗塞では顔面や上肢優位の麻痺、前大脳動脈域では下肢優位の麻痺が典型的です。これは運動野・感覚野の体部位局在と血管支配領域によるものです。
失語症: 優位半球(通常左半球)のブローカ野やウェルニッケ野など言語中枢の梗塞で生じます。皮質梗塞による失語症は頻度が高く、言語理解や表出の障害として現れます
半側空間無視: 非優位半球(右半球)頭頂葉の損傷により、左側空間の認知障害(左半側空間無視)が生じます
失行症: 頭頂葉や前頭葉の連合野損傷で観念運動失行などが起こり、道具操作や動作模倣が困難になります。これは動作のプランニングネットワーク障害によるものです。
高次認知機能障害: 前頭前野の梗塞で遂行機能障害(注意・判断力低下)、側頭葉内側部の梗塞で記憶障害など、高次脳機能にも影響が及びます
視野障害: 後頭葉一次視覚野や視放線の梗塞では対側の同名半盲が生じます。例えば後大脳動脈皮質枝の梗塞では視野の半分が欠損します。
以上のように、大脳皮質梗塞では多彩な神経症状(いわゆる「皮質徴候」)が出現します。これは皮質が高次機能の局在が明確なためであり、同時に複数の領域が障害されると複合的な症状を呈します。皮質梗塞ではしばしば意識は保たれますが、認知・運動・感覚の広範なネットワーク障害が機能低下の病態生理にあります。
理学療法・作業療法の介入方法
大脳皮質梗塞による麻痺や高次脳機能障害に対しては、多角的なリハビリテーション介入が必要です。理学療法士と作業療法士、言語聴覚士が協働し、それぞれの障害にアプローチします。以下、エビデンスのある主な技術を中心に紹介します。
課題指向型トレーニング: 麻痺肢の運動機能回復には、繰り返しの立ち上がり練習や歩行訓練、ADL動作の反復などの課題指向型リハが推奨されます。特に麻痺手の機能改善には集中練習が有効で、健側手を拘束し患側手の使用を促す**制限誘導運動療法(CIMT)**が著効を示します
ミラーセラピー(鏡映療法): 鏡を用いて健側の動きを麻痺側と錯覚させるミラーセラピーは、上肢機能の回復や痛みの軽減にエビデンスがあります
バーチャルリアリティ(VR)リハ: コンピュータ技術を用いたVR訓練も近年注目されており、最新のメタ分析では、従来の作業療法にVRを併用することで上肢機能・自立度・QOL・巧緻性など複数の面で改善がみられると報告されています
半側空間無視への訓練: 右半球皮質梗塞で生じる半側空間無視には、プリズム適応訓練や視覚スキャン訓練が有効です。例えば、プリズム眼鏡装着下で指示対象に手を伸ばす訓練は無視を減少させることが知られています。また、頭部と眼球を左右に大きく使って灯台のように探索する「ライトハウス・ストラテジー」などの視覚スキャン法も用いられます
失語症への対応: 失語に対しては言語聴覚療法が中心ですが、作業療法士も日常場面でのコミュニケーション練習を補助します。非流暢性失語には発話促進のためのメロディー唱句療法(MIT)、流暢性失語には聴理解の再教育などが行われます。近年、失語症改善を目的に**反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)**を用いる研究も進んでおり、大脳皮質ネットワークに働きかけることで言語機能を促進する試みがなされています
高次脳機能リハビリ: 前頭葉機能障害に対しては問題解決訓練やメモリノートの活用、側頭葉の記憶障害には記銘力向上の戦略訓練など、認知リハビリテーションを行います。作業療法では目標管理ストラテジーを用いた遂行機能訓練や、注意力の訓練ソフトを用いたリハビリも導入されています。
このように、大脳皮質梗塞後のリハビリテーションは多職種連携による包括的アプローチが重要です。麻痺に対しては運動学習原理に基づく反復練習と先進的手法の活用、高次機能障害には専門的訓練と代償手段の獲得支援を組み合わせ、患者の神経可塑性を最大限に引き出すことを目指します。
内包梗塞による機能障害
代表的な症状と病態生理
内包は大脳皮質から脳幹・脊髄へ向かう多くの伝導路(皮質脊髄路、視床放線など)が集束する要所であり、ここが梗塞すると比較的限局したパターンの症状(ラクナ症候群)を生じます
。主な症候群は次の通りです。
純粋運動性片麻痺: 内包後脚の梗塞で典型的にみられ、対側の顔面・上肢・下肢に均等な重度筋力低下(片麻痺)をきたします
運動失調性片麻痺: 内包後脚や橋底部の小梗塞で生じ、同側の軽度片麻痺に小脳性の協調運動障害(失調)が合併した症状です
構音障害・巧緻運動不全(ディサースリア・クラミーハンド): 内包前脚または膝部の梗塞で、呂律が回らない構音障害と言語明瞭性低下、ならびに利き手の巧緻な運動が不器用になる症状の組み合わせを呈します
これらラクナ症候群では皮質徴候(失語や無視など)はみられない点が重要で、症状から皮質梗塞との鑑別が可能です。stroke-lab.com stroke-lab.com
病態生理的には、高血圧性小動脈硬化による穿通枝動脈の閉塞が原因で、穿通枝が支配する内包や基底核、視床といった深部構造に小さな梗塞巣(ラクナ)を形成します。stroke-lab.com stroke-lab.com
内包は錐体路が高密度に走行するため、小さな梗塞でも重度の麻痺が出現します。一方で、皮質の冗長なネットワークは関与しないため、高次機能は保たれやすいのです。
なお、内包梗塞の症状は比較的限局的ですが、損傷範囲が大きい場合は感覚路も巻き込んで感覚麻痺を伴うことや、隣接する視床・脳幹への波及でより複雑な症状が現れることもあります。
理学療法・作業療法の介入方法
内包梗塞では主に運動機能障害に対するリハビリテーションが中心となります。高次脳機能は保たれるため学習能力が良好で、集中的な運動再学習を行いやすい利点があります。
運動麻痺に対するリハビリ: 純粋運動性片麻痺の場合、徹底した筋再教育と麻痺側の機能的使用の促進がリハの柱です。反復的な立ち上がり・歩行練習、筋力増強訓練、バランストレーニングなどを患者の能力に合わせて漸進的に行います。上肢麻痺に対しては大脳皮質梗塞の場合と同様にCIMTやミラーセラピー、ロボット支援訓練なども適用可能です。内包の病変では錐体路損傷が完全だと麻痺肢に随意運動の復帰が難しいケースもありますが、不全麻痺であれば反復練習による改善が期待できます
巧緻性障害への対応: “ディサースリア・クラミーハンド”のような症状では、口腔運動と手指巧緻動作の改善が目標です。構音障害に対しては言語療法士と言語訓練を協働し、口唇・舌の運動練習や発声練習を行います
バランス・協調運動訓練: 運動失調性片麻痺がある場合、立位や歩行時の協調障害とバランス低下に対処する必要があります。理学療法では立位バランストレーニング(平衡機能訓練)や、必要に応じ歩行補助具の使用訓練を行います。作業療法でも更衣や食事動作の中でバランス保持や四肢協調の練習を取り入れ、日常生活の中で失調を補う戦略を指導します。
内包梗塞患者は認知面に問題がないため、リハビリへの参加意欲と集中力が高い傾向があります。治療者はその利点を活かし、可能な限り早期から集中的にリハビリを行います。ただし、内包病変が重度の場合、上肢の巧緻な分離運動の回復は難しく、代償的な利き手使用の訓練(例:片手で行えるADLの工夫)も検討します。後述するように、内包や島皮質を含む病変では歩行機能の改善も限定される可能性がありresearchgate.net、下肢麻痺に対しては装具(足底装具による足下垂補助など)や車椅子の導入も含め検討します。
視床梗塞による機能障害
代表的な症状と病態生理
視床は脳の深部に位置する感覚の中継核であり、身体の感覚情報の約98%を大脳皮質へ中継する「ゲートウェイ」です。flintrehab.com flintrehab.com
視床が梗塞すると、主に次のような症状が現れます。
感覚障害: 最も典型的なのは対側の半身の感覚鈍麻・異常感覚です
視床痛(中央痛): 視床梗塞後、慢性的な激しい疼痛が生じることがあり、**視床痛症候群(デジェリン・ルッシー症候群)**と呼ばれます
運動失調: 視床腹外側核(VL)や視床前核の梗塞では、運動調節障害や四肢の協調運動障害が起こる場合があります。視床は小脳-大脳のフィードバック経路にも関与するため、視床性運動失調として片側のぎこちない運動や構音障害が出現することがあります。
高次脳機能障害: 視床は記憶や意識、注意にも関与するため、部位によっては認知面の変化が出ます。例えば視床前核や背内側核の梗塞では、記銘力低下や意欲低下(アパシー)、注意障害、睡眠覚醒リズムの異常などが報告されています
失語・半側空間無視: 視床梗塞でも稀に言語障害や無視が見られることがあります。左視床の梗塞では皮質への投射障害により語想起の障害など軽度の失語が起きる例があり
その他: 視床は視覚や平衡にも間接的に影響するため、複視や視野欠損、軽度の平衡障害が起こることもあります
このように、視床梗塞は主に感覚系の障害を引き起こしますが、視床は脳の広範なネットワークの中継点であるため、情動・認知・運動調節など多彩な症状が二次的に現れる可能性があります。flintrehab.com flintrehab.com
病態生理的には、感覚情報が大脳皮質に届かなくなることで感覚脱失が起こり、一部では脱抑制による異常な興奮が慢性疼痛を生むと考えられます。また、視床を経由する皮質-皮質間の連絡(視床枕など)が遮断されることで認知ネットワークの不全が生じることも示唆されています。
理学療法・作業療法の介入方法
視床梗塞患者へのリハビリテーションは、感覚障害とそれに伴う運動・ADL障害への対応、および疼痛や高次機能障害への対策が中心となります。
感覚障害に対する感覚再教育: 視床梗塞後の感覚鈍麻や異常感覚に対して、作業療法では**感覚再教育(Sensory Reeducation)**が行われます
運動機能へのアプローチ: 視床梗塞では純粋感覚障害のみの場合もありますが、感覚入力の欠如は巧みな運動制御を困難にします。そこで理学療法では、視覚や健側感覚に頼った代償戦略で運動を再学習させます。例えば、麻痺側の手足の位置を視覚で確認しながら動かす練習や、重りやストラップで関節位置を感じやすくする工夫などです。また、バランス障害がある場合には平衡訓練や重心移動練習を行い、転倒予防に努めます。作業療法では、更衣動作や歩行時に触覚・視覚のフィードバックを増やすような指導(鏡で自分の足位置を見る、衣服の素材で触覚刺激を与える等)を行い、感覚補完によってADL遂行を助けます。
疼痛管理とADL適応: 視床痛が出現した場合、その激痛はリハビリ進行を妨げるため、疼痛管理が不可欠です。まずは主治医による薬物療法(鎮痛補助薬:三環系抗うつ薬やガバペンチンなど
高次機能障害への対応: 記憶障害や注意障害がある場合、作業療法や言語療法で認知リハビリテーションを行います
視床梗塞のリハビリでは、感覚と運動を統合した包括的アプローチが求められます。感覚入力が不十分でも他の感覚や代償手段で補い、可能な限り身体機能を引き出すことが目標です。また、中枢痛など難治症状に対しては医学的管理とリハ的対処を両輪で進め、患者の生活の質(QOL)を維持・向上させることが重要です。
基底核梗塞による機能障害
代表的な症状と病態生理
基底核(線条体[被殻・尾状核]、淡蒼球、視床下核など)の梗塞は、多くが内包を含むラクナ梗塞として生じ、症状は内包梗塞に類似します。stroke-lab.com
しかし、基底核特有の症状や運動異常が現れる場合もあります。主な特徴は以下の通りです。
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