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【短編小説】病みのインターネット
「今までありがとうございました」
インターネットの片隅で、誰かがそう呟いた。その言葉が死を意味することは、誰の目にも明らかだった。乱雑に積まれた市販薬の空き瓶。その数ざっと十瓶以上。
私は画面をスクロールする手を止め、いいねのボタンを押す。端的に言って尊敬したからだ。私も過量服薬を偏執狂のように行う人間だが、死の覚悟は持てずにいた。命を捨てる覚悟がないから、中途半端な自傷を何度も繰り返していた。だからこそ、半端者の自分にとっては画面の向こうの人物は憧れの対象だった。
その投稿はいわゆる万バズを達成していた。おまけに、何十件ものリプライがついている。私は興味本位でリプ欄を覗く。結果的に、後悔することになるとも知らず。
「貴重な医療資源を無駄にしないでほしい」
「メンヘラ乙」
「どうせ注目集めたいだけ」
目に入るは誹謗中傷の嵐。炎上に次ぐ大炎上。リプ欄は当人を心配するどころか、心無い言葉で埋め尽くされていた。
そうだよね。思ってるより世界は残酷だ。人の死さえも、インターネット上ではエンタメの一つにすぎない。
「まだ、生きてますか?」
私は憐憫の情から、ダイレクトメッセージを送った。投稿からは既に時間が経っているため、もう死んでいるかもしれない。何も知らない一般人ならそう思うだろう。ただ、事情通の私には結末がわかりきっていた。
返事は数分と経たずして返ってきた。
「死ねなかった」
ああ、やっぱり死ねなかったんだね。過量服薬で死ぬことは困難を極める。それこそ胃がはち切れるほどに飲めれば簡単に逝けるのだが。
「ゆっくり休んでね」
私は精一杯の言葉を返す。何しろ千二百錠だ。胃洗浄でもしない限り、数日間はもがき苦しむはめになるだろう。
そんな今も、インターネットのどこかでは自殺宣言が飛び交っている。自殺宣言とまでもいかなくても、死にたいとか生きてる価値ないとか、自己否定の言葉が飛び交う病み垢界隈。いくら私がそちら側の人間といっても、そんな投稿ばかり見ていれば自然と精神が擦り減ってくる。それでもインターネットをやめられない。なぜならば、私たちはインターネットに生きているからだ。それこそが、病みのインターネット。病み垢界隈で今日も私は生き続ける。