【中国動向観察】ある老党史研究家の死・体制内で気骨ある批判を続けた辛子陵氏
中国国内が共産党建党100周年を前に盛大な祝賀式典を行おうとしているまさにその直前の6月20日の晩、中国のある伝記作家で党史研究家の老人が逝去した。その名は辛子陵。中国の体制内党史研究家で中国の闇、毛沢東による民衆迫害の歴史を訴え続けた気骨ある歴史家だった。軍事科学院という軍のシンクタンクの出版社社長も勤めた経験もあり解放軍内部の事情にも通じていた。
毛沢東の秘書も務め、晩年は毛沢東にとどまらず、習近平をも批判していた李鋭氏とも仲が良かった辛氏の逝去は、数少なくなった中国の体制内批判者の肩身を狭くしているだろう。
今の習近平政権はかつての大躍進や文化大革命、天安門事件など中国共産党の闇の面に全く触れることなく、共産党設立の100周年を栄光の百年として祝おうとしている。
しかし、その実、共産党の百年は血塗られた歴史でもあったのだ。辛氏はかつて講演で毛沢東時代の1950年代の大躍進時代と称されるわずか3年間で3755万8000人が餓死したと指摘したことがある。
辛子陵氏の主張を記事に取り上げた香港のリンゴ日報
こういう報道も中国当局に睨まれた原因の一つだろう
また現在の政治体制についても批判的に指摘してきた。彼によると、中国はわずか500の特権階級の家庭に牛耳られており、その子供、孫など5000人によって構成される核心体制が政治を支配しているというのだ。彼らは利益集団を形成し、「中国が欧米の民主主義を導入すれば大混乱になる」との出鱈目を吹聴しているというのだ。
こうした指摘は中国共産党政権の中枢を形成する太子党と称される利益集団には不都合な話である。彼らにしてみると中国共産党の伝統を否定する売国奴(漢奸)なのだろう。もちろん少し考えてみればどちらが漢奸かは明らかだ。
故李鋭氏は習近平が政権についたばかりの一時期、習近平に希望を抱いていた模様だ。というのは習近平の父親は習仲勲という体制内ではリベラルのスタンスを持つ開明的な指導者として知られていたためだ。そして息子である彼もその父親の路線を継承すると期待を寄せていたのだ。しかしその淡い期待は見事に裏切られた。李氏は病床で習近平の愚鈍さを嘆いていたと伝えられる。
現在、習近平は単に愚鈍だというよりも、その急激な左傾化(中国での左派とは共産党急進の強硬派を意味し、リベラルな親欧米スタンスを右派と呼んでいる)で多くの中国ウオッチャーを驚かせている。それだけ中国の国内情勢が不安定で共産党の執政能力が疑問視され、政権の基盤が揺らいでいるということを示しているのかもしれない。それでも辛氏のような体制内の批判派が数少なくなっていることは中国にとっても悲劇としか言いようがない。