採卵をした話
タイトルの通り採卵する、という経験を少し前にしてきた。不妊治療や、将来を見据えて卵子を保存するために実施する、卵巣から卵子を取り出す、あれである。
めちゃくちゃ個人的でセンシティブなことなのでnoteに書くつもりは微塵もなかった。
でも手術を受けて(医療上、採卵は手術扱いになる)、この経験は覚えておきたいな、と思ったので書いておこうと思う。結構お金もかかったし。関西人なのでそうやってすぐに元を取ろうとする。よくない。
私の目的が社会的卵子凍結なのか、不妊治療なのかは一旦おいといてほしい。せめてもの身バレ防止に。
採卵、その前に
「採卵」とひとことで言うと、あー卵子を採ってくるのだな~という理解になると思うが、実のところ、やらねばならないことは多い。
そもそも採るための卵子を育てる必要がある。通常、28日間の1周期で排卵できるほどに大きく育つ卵子は1個だけ(たぶん)。けれどせっかくお腹に針を刺して卵子を採ってくるのだから、一度にもっとたくさんの卵子を採れるように育てておきたい。
そのためにホルモン剤を使用するのだけれど、その投与方法が自己注射なのだ。
最初にそれを知った時、自分で注射を……? とかなりビビった。私は痛みに弱い極度のビビりなのだ。
実際のところ針はかなり細くてほとんど痛くない。刺す場所をミスるとちょっと痛い。献血で使う針から比べるとほとんど何も刺さっていないに等しく、金属加工技術の進歩に感謝した。
ほとんど痛くないとは言え、毎日毎日、自分でお腹に針を刺す作業はなかなか手間がかかる。あとやっぱりビビる。
病院で受ける採血なんかは容赦なくぷすりと刺されるけれど、それ故に割と平気なのだけれど、自分で刺すとなるとどうしても躊躇ってしまうのだ。どれだけ時間をかけても最後には刺さなければいけないのに。なんと人間は弱いものか。
麻酔の話
そんなこんなで育った卵子は10個ほど。これを膣越しに針を刺して吸い出すのだけれど、まぁ、内臓に針を刺すのだからたぶん痛い。献血で使用されている針の太さが18Gで、だいたい同じぐらいのゲージを使っているようだ。なるほど。
「採卵 痛い」で検索すると、いろんな人の痛かったエピソードが出てくるので正直かなり恐れていた。ビビりなので。思ったより痛くなかったわ~、みたいな話が見当たらなかったことを考えると、須く全ての採卵は痛いのだろう。(と、この時は思っていた)
痛いの嫌だなぁと思いながら自己注射を続けたある日、卵子の育ち具合を確認するために受診したところ医者から私の採卵は静脈麻酔で行うことをさらっと知らされる。
静脈麻酔ではないと思い込んでいた私は驚き安堵した。表面麻酔で実施するか静脈麻酔になるかの違いは何か適用条件とかがあるのだろう。
とにかくもうそれだけで懸念の半分くらいが解消した。少なくとも針を刺される瞬間は意識がないのだ。
静脈麻酔は胃カメラで経験がある。その時は腕から点滴で麻酔薬を入れて、意識を失っている間に検査はほとんど終わっていた。全身麻酔のように深い麻酔ではなく、時間が経って声を掛ければすぐに起きられるぐらいの軽い麻酔。器械での呼吸管理もいらない。
もちろん表面麻酔よりも麻酔によるリスクは跳ね上がるし、どうせ麻酔が切れた後は痛いのだろうけれど。あと朝から絶飲食になるので開始時刻と帰れる時間によっては大変お腹がすく。
採卵当日
採卵当日、胸いっぱいのどきどきと少しのわくわくを携えて病院に向かう。平日なので仕事は休むしかなく、トラブルが起きていないことを祈るばかり。
到着するとベッドのある控え室に通されて看護師さんからいろんな説明を受ける。手術後は勝手にトイレに行ってはいけません、とか、許可がおりるまで水分もご飯も摂ったらだめです、とか。
それから点滴のルートを取られるのだけれど、前日夜を最後に絶飲食しているものだからそれはそれは血管が出ない。
元から出にくい腕をしているけれど、脱水状態だと本当に出ないのだ。普段も健康診断とかで採血のある日は朝から水を多めに飲んで対策しているぐらい。
うーん、と困り顔で血管を探し、手の甲なら……と探してくれる看護師さんに申し訳なく思いながらひたすら手の平をぎゅっと握ったり開いたりしていた。手の甲はめっちゃ痛いと聞いたことがあるので出来れば勘弁してほしい。
結局、なんとかいつも採血するところに刺してもらうことができて、無事に生食パックと繋がれることとなった。これでもう脱水を起こす心配はない。
いざ採卵
それからというもの、待機部屋で待つ。ただひたすら待つ。待つことは聞いていたので本を持って行っていたけれど、なんせ点滴が刺さっているせいで読みづらい。ベッドに転がると部屋を仕切る壁の上部が抜けているのがわかって、消防法だなぁとかそんなどうでもいいことを考えていた。
そんなこんなでどのくらい待っただろうか。ついに部屋のドアがノックされた。
「じゃあ行きましょうか~」
と連れられたのはシルバーの大きなドアの先、緑色のリノリウム床の小さな空間だった。そこに入ると空間の先にあるもう1枚の扉が開き、別の看護師さんがニコニコして待っていた。
「わっ、オペ室だぁ……」という心の声は漏れていなかっただろうか。もう1枚の扉の先に入るには別のスリッパに履き替え、連れてきてくれた看護師さんはその境界線を決して踏み越えない。そしてコメディカル含めたスタッフが皆さん名乗ってくれて、私のIDと名前を何度も確認する。
今更ながら、これはオペなんだなぁと上がるテンション。
そこからはオペ台に載せられて、腕を固定され脚を固定され(動くと危ないからね)、されるがまま、まな板の上の鯉とはこのこと。手際の良さが心地よい。
余程身体がガチガチだったのだろう、にっこにこの看護師さんがベッドの高さ調整をしながら柔らかな声で聞く。
「もしかして緊張されてます?」
いや、さすがにするくない? 緊張。なんせ私、は じ め て の さ い ら ん なもので。だーれにもー内緒でー!
大丈夫ですよ、すぐ終わりますからね~って言ってくれている声も気持ち遠くから聞こえる気がした。何度でも言おう、ビビりなのだ。
準備が整った空気を感じ始めた頃、ちょうど肩甲骨の下あたりに固めの枕を入れられた。呼吸管理のためか、胸を反る体勢になってとっても寝にくい。じゃあ麻酔しますね~と言われても、麻酔薬が入ったところでこんなので寝られる訳がない。
「お薬入れる時に少し腕がぴりぴりするかもしれないけど大丈夫ですよ」
「あっ、はい」
「○○○(麻酔薬)、2入れま~す」
んー、別にぴりぴりしないし何も変わらない。やっぱり肩甲骨の下の枕あるしなー。もう寝れないモードなっちゃってるもん。このまま麻酔がかからずに始まっちゃったら嫌だな。
「○○○(麻酔薬)、1です~」
あっ、追加するんだそりゃそうか。あれ? なんか……
「……なんか顔がぴりぴりします」
「えっ顔?」
ここで私の意識は途切れる。
次に記憶があるのは、肩をべしべしされて「梁田さ~ん、梁田さ~ん」と叩き起こされている時。普通に麻酔効いた。よかった。
なんか恥ずかしくて「めっちゃ寝てましたわ~」と言ったら、「よかったね~」と返してくれたことだけ覚えている。
意識は戻っても身体に力は入らないので、看護師さんに抱えられて車椅子へ。そのまま控え室のベッドに転がされる。
そこから麻酔が抜けきるまでしばらく安静にしていなければならない。
ならないのだが。
お腹が! 痛いんだわ!
そりゃそうなんですよ、内臓に針刺してるからね。生理痛の酷い時みたいな痛さ。痛み止めを飲みたくても、まだ水分を取ってはいけないから勝手に飲むわけにいかない。
もう少し麻酔で寝ていたかった。どうして起こしたの……と悲しくなりながら、ベッドで丸くなる。でも不思議なことに、そうしていると文章が頭にぽこぽこと沸いてくるのだ。このnoteの8割はこの時に出来上がったと言っても過言ではない。
こんなに文章が浮かぶならたまに麻酔かけてもらえねぇかなと思ってしまうぐらい。身体がまだ思うように動かないのでメモることもできず、ただひたすら己の記憶力と勝負していた。
その後は回復を待って飲水に問題ないかの確認をしてもらい、やっと痛み止めを飲めたことに安堵して帰宅。
私の初めての採卵は幕を閉じた。
感想としては、想像して恐怖していたよりは痛くなかったな、というところ。個人差があるのはそりゃあそうなのだが、痛かった人はSNSとかに「採卵痛かった!」って書くだろうけど、あんまり痛くなかった人は「採卵痛くなかった!」とは書かない。
結果、痛かった! という体験談だけが蓄積されていく。生存バイアスの逆バージョンみたいなものか。
後はまぁ、大変だったけれど良い経験ができたなと。だって生活していく上で必須イベントではないからね。
でも以前から思っている、こういった治療や選択肢を選ばざるを得ない人が減るような社会になるといいなという思いは変わっていない。
例えば不妊治療。初産年齢の高齢化だけが原因ではないと思うけれど、出産適齢期と言われる時期は仕事においてキャリア積み上げの時期と重なっていることが多い。その時期に仕事を抜けても戻れる、戻りやすい社会になれば、治療を必要とする人は減るかもしれない。
例えば社会的卵子凍結。様々な理由で今は子供を儲けることができない状況だから、と選択する人もいるかもしれない。お金がかかることを考えると、想像でしかないがやはりこちらもキャリアの問題が多いのだろうか。でも、どちらか一方ではなく仕事も、プライベートも、と何かと融通が効くような社会になればそれは、女性だけでなくみんなが生きやすいのではないかと思う。
もちろん、全体の生産性を維持することも考えないといけないけれど、それはまぁこのデジタル化社会だ。働く側のマインドさえ変えることができればどうとでもなるんじゃないだろうか。
ちなみに余談として。この日仕事で大きなトラブルは起こっていなかった。けれど、私が麻酔で寝ている間に弊社の消滅が発表されていたことを知るのは、次の日のお話。
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