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狩野芳崖「継がれる想い 悲母観音からはじまる物語」下関市立美術館その2 2024/2/6~3/17

前回記事の続きです。
その1はこちら狩野芳崖「継がれる想い 悲母観音からはじまる物語」展下関市立美術館(山口県)その1 2024/2/6~3/17|やむやむ (note.com)


 この展覧会では、狩野芳崖「悲母観音」(東京藝術大学)、「仁王捉鬼図」(東京国立近代美術館)を中心に、彼の絵画から派生して作られた作品が多数展示されていました。
絵画については、三つの作品群がありました。
・狩野芳崖の直弟子のうち、岡倉秋水、高屋肖哲による芳崖作品の模写
・明治20年~30年代の東京美術学校の学生たちが描いた作品 (デジタル展示もあり)
・現在、現役で活躍中の二人の画家による狩野芳崖を継承した作品
 四宮義俊 (1980~) 《SOKKIシリーズ》
 坂本英駿 (1988~) 《孔雀》シリーズ、《筆墨》シリーズ

また、番外編のような派生作品として、
・「悲母観音綴織額」二代目川島甚兵衛作、第四回内国勧業博覧会出品作、1895年(明治28) (東京国立博物館蔵)・・・各地会館ホールで使用されている緞帳で有名な川島織物(京都)の制作。
・狩野芳崖の半生を舞台化した際のパンフレット (前進座、1969年 昭和44)
・切手「悲母観音」
・田んぼアート「悲母観音」青森県南津軽郡田舎館村、2012年 (平成24) の写真パネル
の展示がありました。

1-2 展覧会の感想その2

 岡倉秋水、高屋肖哲による模写は、芳崖の絵画を徹底的に研究し、本当にそっくりに描いてあるため、それらによって所在不明の本画の存在が知られるものがあるとのこと。
 古画の模写と写生は、日本画の修行の基本だそうですが、それにしても芳崖の作品には、真似をして自分も同じものを描きたい、同化したい、と思わせる魔力のようなものがある、と感じます。

直弟子たちによる模写と
派生して作られた作品が多数
「狩野芳崖筆 伏龍羅漢図模写」
岡倉秋水 (個人蔵)

芳崖の落款や印章も含めて模写しています。

狩野芳崖筆「梅潜寿老人図」模写下図
岡倉秋水
個人蔵

 高屋肖哲の1929年 ( 昭和4 ) の作品「観音菩薩図」では、観音像の足元一面におびただしい数の子供の顔が描かれています。ギョっとするような絵ですが、「悲母観音」から派生して描かれたと考えると、制作の動機に共感を感じます。私は絵が描けないので、“ 描きたくなる気持ちに共感 ” です。

 明治時代の東京美術大学学生たち、現代の四宮義俊氏、坂本英俊氏の作品を鑑賞しているうちに、画家の死後も影響を与え続ける作品の持つ力と、それを受けて、まずは模写をする、そして自分の中で咀嚼して消化して独自の創作を試みる多くの画家たちの芸術活動そのものに、じんと感動するものを覚えました。

《 美音 》田中敬中 
1897年(明治30)
東京芸術大学蔵
《 水鏡 》菱田春草
1897年(明治30)
東京芸術大学
《 SOKKI - ヒネモスノタリ 》
四宮義俊 2014年(平成20)
個人蔵
《蛮勇引力・SOKKI・寒山拾得図》より寒山図
四宮義俊 2017年(平成27)
個人蔵
《蛮勇引力・SOKKI・寒山拾得図》より拾得図
四宮義俊 
2017年(平成27) 個人蔵
《SOKKI - プラスティックドール・浮遊》
四宮義俊 2017年(平成29)
個人蔵
《SOKKI - プラスティックドール・落下》
四宮義俊 
2017年(平成29) 個人蔵


《孔雀明王》坂本英俊
2018年(平成30)
作家蔵 
《孔雀》坂本英駿
屏風 二曲一双146.5×147.2cm
2020年(令和2)
作家蔵
《鶏冠花》坂本英駿
41×21.5cm
2021年(令和3)
作家蔵
《筆墨-孔雀》坂本英駿
屏風 二曲一双148×148cm
2022年(令和4)
作家蔵

《筆墨-金椿》坂本英駿
27.5×22cm
2,023年(令和5)作家蔵

2 人間の絵画制作と生成AIについて考えたこと

 鑑賞するうちに、人間の創作は思いもよらない地点まで到達するものなんだな、と思いました。
そして、本展覧会の趣旨とは違うかもしれませんが、私は最近話題の生成AIと、人間の創作活動の違いについて考えていました。

 現在では、生成AIに命令すればいかような画像も作れるようです。
「狩野芳崖風の不動明王を描いて」とか「現代作家○○さんが狩野芳崖の作品を参考にして描いたような山水画を描いて」など命令すれば、数十秒でそれらしい絵がモニターに表示されるでしょう。

 それを上手な人の手で紙に描き写したら「これが新たに発見された狩野芳崖真筆の作品です」と言われれば、信じてしまうかも知れません。
部屋を飾るインテリアとして、持ち主に箔をつける調度品として、売り物ならば購入するかもしれません。
ただ、それに感動はしないと思います。

 人が創作した作品から感じられる「圧」みたいなものは確実にあって、それは、不思議なことに印刷された絵や文章からも感じられることがあります。その「圧」に人は感動したり、時には理屈抜きに拒絶するのだろうと思います。生成AIには、その「圧」を作ることは出来ない。人間の創作と、AIによる生成は全く別の過程を経てなされるからです。
AIは生成に悩んだり苦しんだりしませんし、興奮も達成感も感じないため、それら目に見えないものを作品に反映させることは不可能…。

やはり、生成AIの作るものは、独立した新たなジャンルのアートなのでしょう。
思いがけず、そんなことまで考えが広がった展覧会でした。

3 公式図録

大きさ 21×17×1.5cm
2,500円

 ハンディな大きさですが、記事が充実していました。とくに「悲母観音受容史」、「仁王捉鬼考」、四宮義俊インタビュー記事、坂本英駿「芳崖を継承する その想い」は大変面白く読みました。

4 下関市立美術館周辺の狩野芳崖ゆかりの地

◎忌宮神社(いみのみやじんじゃ) 下関市長府宮の内町
神社の左手にある建物「宝物館」に、狩野芳崖制作の絵馬が3点展示されている。

神社本殿
16時半頃には閉館
入館料はお志を

奉納された絵馬について
・繋馬之図 1855年(安政2) 狩野芳崖28歳のとき制作。母親の病気平癒を祈願して自ら奉納したもの。手綱につながれた暴れ馬の図。力強い黒馬の姿。

・武内宿禰投珠図 1864〈元治元)37歳 
長府藩主毛利元周の奥方が戦勝祈願 (長州征伐、英仏米蘭連合艦隊の馬関砲撃) のため奉納。武内宿禰が海上の敵との戦いに臨んで、潮満玉、潮干玉を海中に投げこむ場面。
・韓信股潜図 1867年(慶応3)頃

制作年と誰の奉納かは不明。漢の武将韓信が若い時分、町の不良達に喧嘩を売られたが、挑発に乗らずに相手の股をくぐり、屈辱によく耐え忍んで大成したという故事。
 人々が遠くから観ることを考慮してなのか、三点とも一目でそれとわかる図案で、絵馬いっぱいに大きく描かれている。
 館内には、他に神事能に使われた能面(古いものは桃山時代製作、多くは江戸時代のもの)の展示もあり、そちらも見ごたえある。

◎覚宛寺(かくおんじ) 下関市長府安養寺3丁目
 1698年(元禄11)創建、黄檗宗寺院。代々学僧が在籍し、長府藩士の多くの若者が学んだ塾のような所。芳崖も少年時代に通い、住職霜龍如澤は彼の精神形成に多くの影響を与えた。芳崖の銅像がある。寺の後方にある庫裡は1873年〈明治6)に勝山御殿の一部を移築したもの。

奥に見えるのが庫裡の建物
狩野芳崖銅像
境内からの眺め
長府の街並みと海が見える

◎狩野芳崖居住地跡 下関市長府印内8-8
 碑のとなりに、明治時代の風情の残る土塀に囲まれた民家があり、芳崖の生きた時代を彷彿とさせてくれる。近くに車を停める場所がないので商店街の駐車場に停めて徒歩で行くとよい。印内西交差点をわたり、妙真寺の後方あたりの住宅街の中の細い通り。

◎下関市立歴史博物館 

功山寺の向かい側
駐車場は建物の隣を奥に入った所

 狩野芳崖の資料はないが、芳崖の生活した土地の歴史と文化がわかる。下関周辺、長府藩に的を絞った展示解説で、幕末維新期の複雑な政治・外交の移り変わりについて理解がすすむ。
芳崖の友人藤島常興の描いた下関戦争図の展示あり。
(吉田松陰と松下村塾、高杉晋作、久坂玄瑞、木戸孝允、山縣有朋、伊藤博文など明治維新に関わった長州藩士 ( 萩藩士 ) について詳しく知りたい方は、萩市にある萩博物館がおすすめ ) 

 功山寺( 曹洞宗、1327年創建 )は通りを挟んだ向かい側。仏殿は典型的な鎌倉期禅宗様式として国宝指定されている。大内氏最後の頭領、大内義永自刃の場所(1557年弘治3)、幕末の五卿西下潜居、高杉晋作の騎兵隊挙兵の地であり、長府城下町の歴史を見守っている寺。山門へ続く階段の山道は、とくに紅葉の季節は本当にきれいでおすすめ。隣接した近代建築の旧長府博物館も美しい。(中には入れません)

◎関見台公園(せきみだいこうえん)、櫛崎城址(くしざきじょうし)
 中世、大内氏の時代に作られた城の天守閣があったと推定される場所。
城は1615年の一国一城令により破却され、石垣のみ残っていた。幕末に、海峡を航行する外国船の見張り場として使われた。下関戦争で砲撃を受け破壊され、その跡地にできた公園。下関市立美術館から石垣の一部が見える(石垣は復元されたもの)。眼下に周防灘、下関海峡が広がり見晴らしが良い。満珠、干珠の島が見える。

下関市立美術館から
見える石垣
石垣のある関見台公園
からみた下関市立美術館


長文にお付き合い下さり、ありがとうございました。以上。


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