不貞腐れたらお終いよ:牯嶺街少年殺人事件
ネタバレを含みます。
おおまかな感想
何かを強いられる体験
ノスタルジックな台北の街並みを舞台に端正な映像が続く。癒し系の映画が始まったかと思いきや、聞こえてくるのは怒鳴り声や言い争いばかりで、観ていてずっと居心地が悪い。しかもその状態が4時間続く(!)「見たいものが見れない」「聞きたいことが聞けない」という構造が繰り返されてストレスが溜まった。
(監督的にはこの感覚で正しいらしい)
最後に主人公小四(チャン・チェン)が少女小明(リサ・ヤン)を刺殺するシーンに全くカタルシスを感じないのがかえって潔い。実際に起きた殺人事件が題材なので、約4時間観ることを強いられるなかクライマックスに解放感を期待していたのに、まんまと裏切られたのが「現実」という感じだった。
映画を観る間、事件が起きればこの辛さが救われるかもという自己中な考えが確かに自分の中にあった。もしかしたら小四の心のどこかにも、こんな気持ちがあったんじゃないだろうかとぼんやり考えた。
実際の犯人と同世代であった監督エドワード・ヤンが、当時の台北社会の空気感をリアルに描いているという。中国から台湾に渡った「外省人」の肩身の狭さや、大人たちに翻弄される子どもたちの無力さ、思春期特有のエネルギーとその爆発がかなりのボリュームで描かれているが、映像が大変素朴で綺麗なので辛いのに何度も観てしまう作品。
もう少し語る
小四よ、本を読め
小四は基本的に傍観者で、物語は彼が周囲に翻弄される形で進んでいく。彼の行動はほとんどの場合、黙って突っ立っているか、嫌なことから逃げるか、暴力だ。無口なうえにかっとなりやすく、要領も良い方ではないから損をしやすい。
それきちんと説明すれば怒られずに済むのに…拳じゃなくても抵抗できるのに…ということばかりだが、だいたいは語彙力の無さが原因なんじゃないかと思う。燻る自分の感情を言語化したり、状況を理解したり、他人と対話する力がもう少しあれば、爆発して自暴自棄になることもなかったのかなと思ってしまう。
とはいえ、小四たち少年らを取り巻く環境があまりにも不憫すぎる。
小四が周囲に対して諦めているような印象がするのは、作中で繰り返される「取り上げられる」という経験が積み重なった結果なのだろう。
大人たちは自分の立場や行く末を気にするので精いっぱいで怒ったり泣いたりするばかりだし、ギャングだの抗争だの、日常は暴力で溢れている。そこで思春期を過ごす小四は、音楽や観劇、恋愛など美しいものへ逃避するのだが、幸せを感じるのも束の間、電気が消されるように、蠟燭の火が吹き消されるように、誰かによって目の前から消えてしまう。
そのなかで出会った小明は、小四にとって何よりも美しい光だったのだろう。彼女はどこか影があって、守ってあげなければ消えてしまいそうな儚さがあって(超かわいい)依存にも似た危うい恋心を抱いたのだと思う。
もう自分には彼女しかいないし、彼女にとってもそうに違いない。自分には彼女が必要で、彼女からも必要として欲しい。二人でこの鬱陶しい世界から逃げ出したいと思うがあまり視野がどんどん狭くなって、それまで溜め込んだエネルギーが最も悪い形で放出されてしまったのが憐れでならない。
他にもいい女いるよとか、もっと世界は広いよとか、そんな未来のことなんてよく分からなくて、今すぐ誰かに助けてほしかったんだよな、小四。
落ちてる時に寄ってくる男には気をつけろ
小四の家も波瀾万丈だけど、それ以上に小明の家はもっと苦しい。貧乏な母親と二人で親戚の家を間借りしているような状態で、余所者の「外省人」としてより肩身の狭い思いをしている。
小明は大人びていて危うげで、それはもうモテてしまう。生粋のおじさんキラーかと思うくらいの愛くるしさで医者や教師を手玉に取っていく。彼女は小四と同様に「ここではないどこかへ行きたい」と強く思っているし、大人の男性に対して依存的な印象があったので、大丈夫かなーと見ていて心配した。
しかしこの印象は終盤で一気に覆ることになる。
小明は夢見がちな反面、小四とは違い勉強を疎かにはせず、自分と他人を冷静に分析することができる。彼女はどこまでもリアリストで、自分を支配しようとする小四に対し「自分勝手」と怒ることが出来るし、社会は変わらないという現実をきちんと見据えている。
彼らの決定的な違いが明らかにされることで、小四がキレて彼女を刺してしまうのだが。
地に足をつけて努力する彼女の怒りはもっともで、自堕落で女々しいやつから同類と思われたら「一緒にすんな」の一言に尽きるし、君は僕にしか救えないなんて言われた日にはもう絶句すると思う。落ちてる時に寄ってくる男には気をつけろと、昔どこかのお姉様に言われましたが、この言葉は本当にその通り。そして切羽詰まった人間ほど相対したら慎重に対応しなければ怖いね。
おわりに
とにかく観るのが辛すぎた
なんせ結構な迫力の怒鳴り声や泣き声が一定の間隔(体感)で来るので、書きながら流し見するのもきつかった。それでもエドワード・ヤンの映画が好きなので、どうしても書いておきたいという一心でなんとか書いた。
子どもの頃の世界って本当、家と学校くらいなもので、そのなかでの人間関係が全てだと思い込んでしまいがち。ネットが無い時代なら余計に価値観が偏ってしまうだろうし、当時の小四や小明たちの暮らしは相当がんじがらめだったと思う。
そのなかで強かに生きた小明は素晴らしいし、小四のように独りよがりになってしまうのは本当に虚しい。
主演の子役、どこかで見た気がするなーと思ったら、レッドクリフの孫権か。あとDUNEのユエ先生。かっこいいよね。
牯嶺街少年殺人事件
1992年公開
監督:エドワード・ヤン