『晴明伝奇』第4話 天下安寧
▶時期:天慶三年(940)― 天慶五年(942)
密教に精通している賀茂忠行は、藤原師輔に白衣観音法という兵乱の災いを除くための密教の修法を提案する。だが、密教の高僧たちはこの修法を知らなかったため、師輔は寛静僧正に行わせた。その効果がみられたのか、朝廷が派遣した使者が平将門を討ち取った。翌年には藤原純友も討ち取られ、東西の災いは鎮まった。
暦本を造る時期になり、暦博士大春日弘範はかつて造暦について議論した苦い思い出によって、権暦博士葛木茂経と共同作業することが憚られた。弘範は、暦生の中で最も優秀な生徒である賀茂保憲を朝廷に推薦して造暦宣旨を蒙った。生徒が造暦に携わるのは異例のことであり、ゆくゆくは保憲が陰陽寮の中心的存在になることは間違いなかった。
保憲が造暦に関わってから初めての御暦奏が行われた。この功績によって暦生の中でも特に成績優秀だと正式に認められた彼は、得業生になった。陰陽寮において、得業生になった生徒はいつか博士職に就けることが暗黙の了解になっていた。晴明は、保憲が博士になれば自分も陰陽寮の生徒に登用してもらえると期待した。
この頃の晴明は結婚にふさわしい年齢であったが、雑用係に近い身分の彼を受け入れてくれる女性などいるはずもなかった。晴明は、生徒に昇格することができたら陰陽寮の有力な官人の娘と結婚するという人生設計を立てた。彼の師匠である保憲も将来有望であることに違いなかったが、忠行には娘がいなかったのだ。
年が明けて、地震が頻りに起こった。陰陽寮が吉凶を占ったところ、兵革の兆しであった。朝廷は、前年に日蔵上人から菅原道真の怨霊が都を襲う夢を見たという報せがあったことを思い出した。道真が怨む者はもうこの世を去っているため朝廷は半信半疑であったが、このような異変があったので上人の予言は本当だったのかと思い始めた。世の中は再び騒がしくなり、陰陽寮は天地の動きを注意深く見守った。
冥界では、地獄を取り巻く邪気が溢れかえりそうになっていた。地獄で罰を受ける平将門の怨念が強大な邪気を生み出し、他の罪人たちの苦痛から生じた邪気と混ざり合って激しい炎となった。この火炎を鎮められるのは、水を操ることのできる白雪しかいなかった。冥界の神々や冥府に仕える官人たちを守るために、彼女は万全の準備を整えて迫りくる危機と対峙する。だが、地獄の火炎は想像以上に猛威を振るっており、白雪はすべての力を使い果たさなければ災いを鎮められなかった。