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世にも奇妙な実話 野坪の蠅 #5
【第二話】シジミ目の騒動打ち
江戸時代、夫の都合で三行の離縁状を出された妻は、有無を言わずに家を出なくてはならなかった。現代で使われる「三行半(みくだりはん)」の言葉はここから由来される。
三行半の理由には、世継ぎの問題もあった。
夫婦の間に相続者が誕生しなければ、家がつぶれてしまう。不妊の妻と離婚か、娘ばかり生む妻とは別に、めかけを持ち世継ぎを作る方法をとらなければならない。
また、医学が未発達な江戸時代の出産は、命に危険を伴った。産後の後遺症で床に臥(ふ)せたり、死に至るケースが多かった。
経済力のある武士は、妻の他に数人めかけを置いた。妻の立場からしたら、納得いかない離縁もある。新しい愛人を向かい入れたい夫が、妻を追い出した例だ。
妻と離別をして一カ月のうちに新しい妻を向かい入れた時や、不条理な離縁をされた時に復習できる制度があった。
「騒動打ち」とは、離縁になった先妻が後妻をねたんで、親しい女たちと隊を組み、後妻の家に行って乱暴を働く勇ましい制度だ。
竹刀(しない)を持ち、台所から侵入して、手当たりしだいに物を投げて壊し、女隊が意気揚々と退散する。立場の弱い女性からしたら、騒動打ちは鬱憤晴らしの機会でもあった。
一度騒動打ちをしたら、綺麗さっぱりと縁を切る。後妻も洗礼を受け、どうどうと正妻の座に収まれる。
肝心な夫は、騒動から逃げるように親戚や友人の家に身を隠した。騒動打ちを食らうと、江戸中の笑いものになる。夫の身勝手から、離縁をすることはできなかった。
騒動打ちも江戸時代の寛永年間頃まで残ったが、自然に消滅していった。
この世は男と女しかいない。
場所や時代が変わっても、欲望やドロドロした色恋沙汰が隠れている。
レトロ屋敷に集まる話は、男女の問題が少なくない。
第二話は実話には変わりないが設定を少し変えている。そこを含め、物語に身を置いてほしい。
猫柄のセーター、薄化粧をした中年女性が訪ねてきた。顔の大きさに対して、シジミのように目が小さい女性をシジミ目とわたしは名付けた。
シジミ目は、専業主婦だ。会社経営をしている主人と暮らしている。この主人が従業員の女に手を出し、浮気をしていた。イチャイチャする二人を目の前にして、絶対に許せない憎しみが湧いた。
「夫を殺してほしい」
浮気した主人を許せない。殺してやりたい。でも、離婚はしない。けれど、許せない。
シジミ目が取った現代の騒動打ちは、「藁人形で殺して欲しい」依頼だった。
「藁人形は、やらない。あんたにも不幸がくる」
壱心は、藁人形の怖さを知っていた。標的の人物だけでなく、依頼人、藁人形を打つほうも不幸に襲われる。
人形の中には身に着けているものを入れる。愛着物は念が入っているから、とどめを刺すには効果的のようだ。
過去に藁人形を打った後、偶然にも標的の人物が心不全で死亡した。五寸釘は藁人形に打ち込む場所によって危害が及ぶ。藁人形は心臓に打ち付けていた。
「わかっている。でも、主人を許せない……」シジミ目は、壱心に説得され帰宅した。
「また、来たんだよ。『やっぱり主人を殺してくれ』って送られてきた」
A4サイズの封筒を取り出し、再訪の様子をわたしに語った。
「あんたも死んでもいいのか! 覚悟があるのか!」
たいがいの人は死にたくないから引き下がる。それでも、シジミ目の心は変わらないが、壱心の言葉に心が揺らいだ。
「今後、一切浮気ができないようにしてほしい」と、一歩下がった。
実際に、わたしは封筒に入った白い布を見ている。A4サイズの中身は、シジミ目の夫の肌着が同封されていた。また、鑑定に訪れた別人が藁人形を目にしている。
「五十センチくらいの大きな藁人形だったよ。五寸釘も、本当に五寸あるんだよ」
大きな藁人形には肌着が入っていた。
「藁人形は、誰にも見られちゃいけない」当時を振り返って、壱心が笑った。
丑三つ時に、呪いの呪文、お経をあげながら藁人形に五寸釘を指す。
――シジミ目の騒動打ち。
しばらくしてシジミ目の夫は事故で下半身が不随になり、浮気もできなくなった。
藁人形は古代から続くもっとも恐ろしい呪術だ。
「決して、手を出してはいけない」
念を押すように力強く大きく目を開いた。取材用のレプリカをお願いすると、藁人形を作って見せてくれた。
***
つづく
『世にも奇妙な実話 野坪の蠅 #6』予告
全国から集まった恐怖体験、不思議な話
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