インド・カシミールの歴史 (ラージャタランギニー)#3-5
97. そして、地上を抱く者として、大地を統治したのは、最高の軍を持つ者(śreṣṭhasena)という、彼の息子であり、彼を、最も優れた軍を持つ者(pravarasena)、あるいは、単に、叩く者(tuñjīna)と人々は呼んだ。
98. 腕は丸太のように丸々として、その力で持ち上げた、帯刀にある珠の宝鏡には、彼に訪れるものが反射して、それは、世界の幸運に匹敵した。
99. 女神の円環の儀式を、最も優れた主シヴァ(pravareśvara)の寺院の前に祀って、昔の都に、まばゆく輝く、まことに大きな台座を、たくさんつくった。
100. 王宮の中庭であるかのように、その支配した国々を数えて、従えた地帯を算定し、三つの堀(trigarta)の領地に伴うものを、最も優れた主シヴァ(pravareśa)の寺院に、与えた。
101. この地にある草地(kedāra)の山岳地帯に住む家長たちの、人の守護職をひとつ残らず支配した王は、三十年を、三重の剣に守られずとも、安らかに過ごした。
102. 黄金(hiraṇya)とトーラマーナという、この王の二人の息子として、その後、王座と王子の座に就いて、領民に追慕された。
103. 兄が鋳造し、過剰に出回った硬貨を押しのけて、適正なものとして、トーラマーナは、自分の名前で鋳造した硬貨を、この国に流通させた。
104. 「私を愚弄して、王であるかのように、こんな出過ぎた真似を、どうしてするのか」と、年上である王は、怒りに任せ、弟を捕らえてしまった。
105. 長い間、幽閉されて、悲しみも癒えた頃になって、この弟の、塗油(añjanā)という名前の、イクシュヴァーク家の雷電のインドラ(vajrendra)の娘が、王妃となっていたのが、妊娠した。
106. 出産が近づくと、弟は、夫人が害を受けないように物忌みを命じて、とある陶工の小屋に、入れると、そこで、息子が出まれた。
107. この子は、甕づくりの陶工の家を差配する妻が、まるで、カラスが、托卵されたカッコウの子供にするように、自分の息子として育てたので、王家の血筋を引く者(ラージプート)は、すくすくと成長した。
108. 生んだ母と、育ての母である陶工の妻に守られて、知恵をつけていった彼は、宝の山である大地に住む、這って進む蛇たちが、富を湛えた山を、覆って隠しているようであった。
109. 最も優れた軍を持つ者(pravarasena)の孫は、人の守護たる弟の実の子であるが、母が尊敬していたので、祖父の名前で、陶工の妻に常に呼ばれていた。
110. 成長すると、子息は、周辺に住む者たちと、親密にすることを、性良しとせず、激しい力を持つ者を親友とすることを、子供ながら好み、まるで、睡蓮の花が、水を好むようであった。
111. この子には、育ちが良く、力が強く、知るべきことを知る、子供たちが、連れ立って遊んでおり、人々は驚きと誇りをもって見ていた。
112. 自らの集団の中では、とても気前よく、体も強いこの子は、周りの子供たちに王様とされた。それは、獣のインドラであるライオンの子供が、森で若い獣たちと遊んでいるようだった。
113. 子供たちに、目下の者が受け取るものを与え、ひれ伏させると、王に相応しくない、行いは、一つとして行わなかった。
114. 壺などを作るために、こねた土を、甕つくりの陶工たちが置いておくと、この子は、自分で取って、シヴァのリンガを、次から次へとつくり出していった。
115. こうして、驚くような行動を見せる、この子を、あるとき、遊んでいるところを見かけた、母方のおじである、勝利のインドラ(jayendra)は、彼に目を止めると、にこやかに挨拶をした。
116. 周りの少年たちに、あれが勝利のインドラ(jayendra)だと教えられても、この、大地の守護者の子供は、軽んじて遊び続け、視線を合わせて挨拶することがなかった。
117. 生来の自信に満ちた姿から、彼を、その辺の竹節の生まれの者ではないと見て、妹の主人と似ていたことから、妹の子供ではないかと考えた。
118. すぐさま、素性を知りたいという感情が芽生えて、この子を追っていくと、彼の家にたどり着き、好奇心で中をのぞくと、思ったように自分の妹がいるのを見た。
119. 彼女と彼は、お互いに興奮に上気して、兄と妹として長く見つめあって、ため息は弱々しく、温かい蒸気となって、たちまち、音を立てて、涙が流れだした。
120. 陶工の妻は、息子に「お母さん、あの二人は誰?」と尋ねられて、こう返答した。「わが子よ、これはあなたの母と、母方のおじです」
121. 父が捕らえられていることを知って、憤った子に、いい時期が来るまで今は待てと言って、我慢して学業に励ませると、勝利のインドラ(jayendra)は、なすべきことが残っていたので、そこを発った。
122. そして、蜂起の方策を準備しているときに、兄王は、たまたま、捕縛から解放したが、人の太陽であるトーラマーナは、末期の状態であった。
123. 母が、世をはかなんで、苦悩し、儚くなろうとしているのを押しとどめて、最も優れた軍を持つ者(pravarasena)は、聖地で願をかけるために、国外に向かった。
124. この地を守って、三十一年に十の月が足らない間(30年2か月)、同じ時期に、黄金(hiraṇya)もまた、子供がいないまま、この世からいなくなった。