インド・カシミールの歴史     (ラージャタランギニー)#1-5

108. この、大地を愉しむ者である、水の者(jalauka)は、大地世界における神の筆頭(インドラ)として立ち、その名声は、神露のように清浄なものへと、ブラフマーの卵(現世)にある盆地を、導いた。

109. 彼の天界のような力の物語が、その耳に聞し召されれば、天下に座している神といえども、必ずや、驚きを教わることだろう。

110. それは、針を穿つようにして、水銀や輝く地(hāṭaka)産の金を運び出して、現世の覚者である彼は、世界という金の卵の空洞も、きっと、それを埋めることができた。

111. 水流を制止すると、王は、ナーガの住む湖の中へと入っていき、その若さで、蛇の王女たちと、性交の喜びで、相応しい満足に導いた。

112. その当時、火が点いたように白熱した、仏教徒の集団との論争に勝利した、シヴァ派の振り払う者(avadhūta)が、覚者として、王に教義の教えを授けた。

113. 最勝の主シヴァ(vijayeśvara)の地と、聖牛ナンディンの中原(nandīśakṣetra)にある最年長の主シヴァ(jyeṣṭheśa)のリンガに、プージャーの祝祭を行うために、この、言葉を違えない王の約束として、常に、参詣があった。

114. 荘園(grāma)から荘園へと、住まわせている馬を使って、早駆けすることが、とがめられたときは、いつでも、ナーガが、王との友好関係から、誰かしらが彼を乗せて運んだ。

115. 王は、裕福な地域を押さえている、異教徒たちを、百億の勇猛を奮って、追いやると、勝利を求めた進軍を続けて、地上を揺らし、メーカラー(ナルマダー川)から海へと進出した。

116. 盆地に広がっていた異教徒たちは、彼に追い出されて、その居場所からの追い出し騒動(ujjhaṭaḍimba)があったことが、いまでも、人々の口に上っている。

117. カンヤクブジャにまで広がる国々を平らげると、その地から、四つの身分(ヴァルナ)の者を、自分の国に入植させて、法理を正し、商人の法を整えた。

118. そのようにして、繁栄をまだ得ていなかったこの地に、貿易の法やそれによる富をもたらすことで、普通の国々のように、この盆地の王国も整備された。

119. 大地の主は、法理の監督官と、布施の監督官、蔵の財の監督官、和戦の特使、祭祀官(purohita)と宿命を占う者の、七人の執務官を設けた。

120. 彼は、法理に則って、十八の役所を設け、このとき以降、いにしえのダルマ王ユディシュティラのような政治を、大地の守護は行った。

121. 王は、勇猛盛んな力を発揮して、手に入れた富を以て、とても高い視点で考えを持つ彼は、寄進として、宝の小さき者(vārabāla)などをつくった。

122. 門の町(dvāra)などの国々で、見上げるほどの能力を見せて、王の妻である、主シヴァの王妃(īśānadevī)は、女神の転輪(mātṛcakra)と呼ばれる儀式を演出した。

123. この、人の守護は、聖牛ナンディンの昔話(プラーナ)をヴィヤーサの近くで学んだ弟子から聞かされ、聖牛ナンディンに張り合うように、はらからの泉(sodara)などの布施を、実施し、

124. 最年長の主シヴァ(jyeṣṭharudra)のリンガを、シュリーナガルの都につくったとき、王は、聖牛ナンディンの主シヴァ(nandīśa)のリンガに張り合うために、はらからの泉(sodara)の水がない状態は、考えられなかった。

125. あるとき、積み上がった政務のために、日々の斎戒の実務を忘れてしまい、遠くにある、はらからの泉(sodara)の水で、沐浴できずに、暗澹とした気持ちでいると、

126. 水のない乾いたリンガの台座から、突如として、水が噴き出して来るのが見えて、それは、はらからの泉(sodara)といちいち、色も味わいも、特長が同じであった。

127. 表にあふれ出した、この岸辺の聖地に、浸って沐浴を行い、王は、聖牛ナンディンの主シヴァ(nandirudra)のリンガに張り合う、誇り高い心を落ち着けることができた。

128. あるとき、王は、このことを調べようとして、はらからの泉(sodara)の中に、放り投げた、口に蓋をして腹を空にした、光る金の壺が、

129. 日が二日と半分過ぎたところで、シュリーナガルに湧き出た水の中に、これが浮上してきたので、地上を抱く者は、その疑念を晴らした。

130. おそらく、あの、聖牛ナンディンの主シヴァ(nandīśa)が、愉しいことを愉しむために、このように降臨したのであり、そうでなければ、この王のように、見えないものも見えて、なすべきことを達成することはなかっただろうから。

131. あるとき、この王が最勝の主シヴァ(vijayeśvara)の寺院に向かう途中、か細い女性が一人、往路の中央に進み出て、食の愉しみを願った。

132. 願いをかなえて、食事を与えようと、王が約束したとたん、この女は、顔色を変えて、人肉を食しようと、その本性を現した。

133. 彼は正道を傷つけることを禁じていたので、彼女のために、自分の体から肉を取って、それを食べるために与えることを許した。すると、彼女はこう言った。

134. 「大地の守護者よ、正道を進むことに強い決意を持ったあなたは、正道を悟っており、息をするものたちに同情する、その覚悟は、仏陀のような偉大な人物のものです」

135. 仏教について勉強をしていなかった、偉大な主シヴァ(māheśvara)の信者である、人の守護は、「正道を悟る仏陀とは何者か、福音をもたらす者よ、私にお教えなさい」と彼女に言った。

136. すると、彼女は、大地の守護に告げて、「私がこうした経緯をお聞きください。私は、あなたがひどい扱いをしたことに怒った、仏陀の信者たちによって、遣わされて来ました」

137. 「この世とあの世の堺山(lokāloka)のふもとに漂う、暗闇の中にいる、すばる(kṛttikā)が私たちで、この暗闇の消え去ることを期待するのは、ただ一人、仏陀のご加護によるものです」

138. 「この世の主人である、薄伽梵(バキャボン)から、この世に生を受けた者で、苦しみを去った生き物たちが、正道を悟る仏陀となることを、お知り下さい」

139. 「罪を犯した者たちにも、叱ることなく、静かに耐えて、悟りを開くことを支えて、自らのことを望まず、仏陀たちは、あらゆるものが、救済されることを、良しとしています」

140. 「四弦の楽器が奏でる音で、眠れなくなった、と言って、ならず者を送り込んで、あなた様は、以前、怒りに任せて、仏寺をぶち壊してしまったことがありました」

141. 「『シャカ族の偉人である、この人の守護は、お前では、癪ではあろうが、苦しめることはできない。しかし、このことを教えて、お前の住む暗闇を打ち払って、健全な姿となるように』」

142. 「『私たちの言葉を送り届けて、仏寺の修復を、王が行うように、自分の金銀を差し出し、ならず者たちに塗られた泥を漱ぐように、お前が言いなさい』」

143. 「『そのようにすれば、仏寺を破壊したことによる、罰としての死罪は生じることがなく、こうして送った言葉のおおよその、目的を果たすことができるだろう』」

144. 「怒りを発した、仏教徒たちが、あなたを殺すことを、じっくり検討し、行動に移そうとしたので、仏陀たちに、私は呼び出されて、このようなことを教えられました」

145. 「そのために、このように偽装して、あなたの正道の豊かさを慎重に調べたのです。いま、あなたの罪は滅びて、願いは叶いました。ご幸運を!私は目的を達し、救済されるでしょう」

146. そして、仏寺を再興することを王に約束させると、喜びに総毛立ち、目を見開いた姿で、怪異の女神は、姿を消した。

147. そこで、豊饒の地の主は、仏寺を建設して、安息の施設を開設し、それによって、暗闇を消し去り、怪異の女神と、和をなした。

148. 地上の主は、聖牛ナンディンの中原(nandikṣetra)に、石造りの高楼を建てて、生類の主シヴァ(bhūteśa)のために、蔵の財宝と、プージャーの祝祭と宝石でできた雌馬とを奉納した。

149. 袈裟を脱ぐ(cīramocana)という聖地の水で、何夜も続けて行を行い、ブラフマーの着座の姿勢をとって、瞑想にふけり、不動の像のようであった。

150. 王は、黄金流れる川(kanakavāhinī)で、大変長い間、敬虔な行を積んだので、聖牛ナンディンの主シヴァに、帰依したいと願っていた思いを、鈍らせることはなかった。

151. 歓喜が湧き起こると、踊りと歌を伴って、舞踏のために立ち上がる、百人の、斎宮にいる妻妾を、最年長の主シヴァ(jyeṣṭharudra)に捧げた。

152. 主としての地位を愉しんだ後、最後のときになると、袈裟を脱ぐ(cīramocana)の聖地に、進み入って、細君とともに、王は、ヒマラヤ山の娘婿シヴァと溶け合って、解脱していった。

いいなと思ったら応援しよう!